首相演説に込められた意味合い モスクワ・大前仁

モスクワ大前「ウラジーミル。君と僕は同じ夢を見ている。ゴールまで、二人の力で駆けて駆けて駆け抜けようではありませんか」。安倍晋三首相は9月上旬にウラジオストクで開かれた経済フォーラムに出席し、プーチン露大統領に経済協力の拡大と平和条約交渉の進展を呼びかけた。しかしプーチン氏からは快い返事を得られず、交渉は袋小路にはまったままだ。

しかし、じっくり耳を傾けると、演説には日本外交が今後、模索していく方向性が盛り込まれていた。今回のフォーラムにはインドのモディ首相やマレーシアのマハティール首相も出席していた。また三井物産などはロシアの北極圏で開発中の天然ガスプロジェクトへの参加を決めたばかりだ。これらの点を踏まえて、首相は演説冒頭で「見えてくるのは雄渾(ゆうこん)な一筆書きの連結です。北極海から日本海、南シナ海を経てインド洋へとつながる、とうとうたる水の流れです」と発言。今回のフォーラムで顔を合わせたロシア、日本、インドが経済分野を柱として、協力の枠組みを模索する可能性に触れてみせた。

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東方経済フォーラムの全体会合で演説する安倍晋三首相=ウラジオストクでテレビ映像を撮影。2019年9月5日、大前仁撮影

近年の国際政治では米国が中露両国との対立を深める中、インドは双方の陣営からアプローチを受ける「バランサー」となっている。日米両国はここ数年、インドを加えてインド洋などで海上訓練を実施している。中露は2006年にインドを交えた初の3カ国首脳会議を開き、しばらく中断していたが、昨年から本格化している。ところがインドはバランサーの役割だけには満足せずに、ロシアと日本に対し、3カ国の枠組みを打診してきた。この動きが日本側に伝わり、安倍首相の演説に盛り込まれた模様だ。

今の日本ではロシアとインドとの協力を提示されても、ぴんと来ないだろう。しかし中国が巨大化し、トランプ米政権が同盟国を重視しない姿勢を見せる中、日本が将来的に対中バランサーの役割を期待できる有力な候補は、この二つの国ではないだろうか。まだ水面下ではあるが、このような意見も聞こえ始めている。またロシアとの平和条約交渉が手詰まりとなる中、日露印の協力の枠組みはロシアと向き合うツールになるのではないか。首相の演説にまぶされた一節は興味深い意味合いが込められていたといえるだろう。(モスクワ支局 2019年10月)