スピーチコンテスト バンコク・西脇真一

バンコク西脇出張先のミャンマー・ヤンゴンで「日本語スピーチコンテスト」が開かれると聞き、足を運んだ。日本大使館や国際交流基金ヤンゴン事務所などの主催で、今年で20回目だという。出場したのは予選をくぐり抜けた15人。ミャンマー人としての生き方が垣間見えるスピーチは、おもしろかった。

僧侶の男性は、子供のころに父親がヘビに足をかまれて死亡。きょうだい5人は母親の手で育てられ、本人は12歳のときに得度した。僧院で日本語の勉強を始め、今では「夢の中にも日本語が出て来る」という。「今」という漢字が好きだと言い「いま頑張れば、将来いいことがあるから」だと話した。主催団体の一つ「ミャンマー元日本留学生協会」のミョーキン会長は「積極的な若者たちを見て、うれしい気持ちでいっぱいです。日本へ行くことができるミャンマー人はまだ少ない。コンテストは日本への関心を深める大事な機会なのです」と語った。

ミャンマーは日本の軍政時代を経て1948年に英国から独立。同基金によると、学校教育としての日本語教育は、64年に国立外国語学院(現ヤンゴン外語大)に日本語学科が設置されたのが最初だ。初・中等教育での外国語教育は、基本的に英語のみ。大学で日本語を専攻できるのはヤンゴン外大など2校しかないという。あとは民間や僧院での日本語教室などだ。同基金の2015年の調査で、ミャンマーの日本語学習者は1万1301人。日本語学習熱の高い東南アジアの国の中では少ない方だが「日本語能力試験の受験者の増加数からみても、日本語人気は高まっている」(同事務所)。

一方、ヤンゴンにはチャイナタウンがあり、中華料理屋に入れば中国語が飛び交っている。だが、67年に全国で華人排斥事件が起き「普段は華僑としてのアイデンティティを表に出さず、目立たぬよう暮らしている」(ヤンゴンの日本人研究者)。こうした歴史からか、中国政府が海外の大学などと提携して世界展開している「孔子学院」はまだミャンマーにはない。だが、陸続きである中国の経済的な進出は、ものすごい勢いだ。中国語の需要もあるに違いない。5年後、10年後、経済発展したミャンマーで、日本語学習がどのようになっているのか興味深い。(アジア総局 2019年10月)