タイ「深南部」とテロ バンコク・西脇真一

バンコク西脇

仏教徒が人口の95%を占めるタイにあって、「深南部」と呼ばれるマレーシア国境付近は、ムスリムが多数派を占めている。ここでは分離独立を叫ぶイスラム武装勢力によるとされる襲撃・爆弾事件が頻発。地元研究機関によると、テロが激化した2004年以降の死者は、約7000人に上る。毎日1人以上の死者が出ている計算だが、バンコクで大きなニュースになることはまれだ。

深南部と今のマレーシアにまたがる地域には、かつて「パタニ王国」というイスラム国家が栄えた。しかし18世紀にタイの王朝に征服され、分割統治された。そして、1909年の英・シャム条約でタイと英領マラヤとに引き裂かれ、これを機に反政府運動が繰り返されてきた。タクシン政権時代の2004年4月、警察署などを襲撃した集団がパタニ県のクルーセ・モスクに籠城。治安部隊が強行突入して鎮圧し、多数が死亡した。こうした強硬な取り締まりが反発を呼び、今に至るとされている。

コリヨ・ハリさん(42)はその事件で父を失った。朝、友人数人とモスクへ出かけていた。当時、分離独立派が村々を勧誘に回り、父親も加わったと指摘されるが「家で政府批判などしたことなかった」。コリヨさんは「過去の歴史は理解するが、現状に不満はない。今はさまざまな組織の利権が絡み合い、解決が難しくなっている」と言う。テロの多くは犯行声明が出ない。治安部隊の自作自演や、麻薬取引のトラブルなども交じっていると言われ、解決をさらに難しくしている。

治安維持にあたる民兵、ムハマッドロリー・ジェデンさん(43)は、06年から昨年まで4回命を狙われ、一緒にいた知人が死亡するなどした。05年に勧誘を拒絶したことなどへの「報復」だと考えている。ムハマッドロリーさんは「緊張を強いられる生活には慣れてしまった。今じゃこいつが友人さ」と、傍らに置いた銃をなでた。

過去に対話の機運が盛り上がったことはある。さらに、マレーシアのマハティール首相が昨年10月にタイを訪問した際、和平に向けた支援を約束した。だが今、タイは総選挙後の政局のまっただ中で、動きは見えない。治安が改善しなければ投資を呼び込めず、地域経済の浮揚は見込めないままだ。(アジア総局 2019年5月)