「ナショナリズム」対「アイデンティティー政治」 ニューデリー・松井聡

デリー松井

インドで5年に一度の下院選(定数545)が4月11日に始まった。最終投票は5月19日、開票は同23日という長期戦。焦点はヒンズー至上主義のインド人民党(BJP)のモディ首相が続投できるかどうかだ。経済成長の恩恵にあずかれない下位カーストや農村などの有権者が政権に反発する一方、モディ氏はナショナリズムに訴え支持固めを図る。この構図は「ナショナリズム」対「アイデンティティー政治」の戦いと見ることもできる。

インドは多様な国でアイデンティティー政治が活発になるのも必然だ。だがパキスタンとの分離・独立の経験から、独立後長年政権を握った国民会議派は分断を招くようなアイデンティティー政治には敏感だった。だが80年代からの経済自由化に伴う競争社会への不安、下位カーストへの優遇策の拡大政策に対する上位カーストの反発、北部アヨディヤでのヒンズー教寺院建設問題などが絡み合い、ヒンズー至上主義のBJPが支持を拡大した。また会議派は失った支持を取り戻すため、多数派のヒンズー教徒の宗教感情に訴えるような戦略を取り、アイデンティティー政治を拡大させることになった。

このような流れの中にあり、14年の前回総選挙では、会議派政権の汚職への反発や経済成長への期待からBJPはカーストなどに関係なく幅広い層から支持を得た。だがモディ政権の5年間は有権者の期待に応えたとは言い難い。下位カーストや農村の生活は苦しいままで、高額紙幣や税制改革はBJPの支持基盤の中小企業者に大きな打撃となった。モディ政権への期待が極めて高かっただけに、その分失望の度合いも激しかったと言える。

前回総選挙でBJPを支持した多くの有権者が再びアイデンティティー政治に戻り、地域政党などに投票するとみている。モディ氏は2月の北部ジャム・カシミール州での自爆テロをきっかけにパキスタンを空爆しナショナリズムを煽る戦略に出た。「ナショナリズム」と「自分たちの利益」のどちらが有権者の心に響くのか。今後のインド政治の行方を考えるうえでも重要な意味を持つ選挙となりそうだ。(ニューデリー支局 2019年5月)