支え合う仲間 北京・河津啓介

河津啓介 本社員

「失独者」。孤独さがにじみ出るような言葉は、中国政府の一人っ子政策に従い、我が子に先立たれた父母たちを指す。2016年まで約40年間続いた政策の犠牲者だが、政府から十分な補償が受けられていない。社会保障制度が脆弱な中国で老後に不安を抱える。

失独者を支援する民間団体の創始者、元大学教授の徐坤さん(62)=北京在住=は06年、高齢の失独者を対象にした自殺防止の電話ホットラインを開設した。これまで全国から8万5000件以上の電話を受けてきた。

家族が集まる春節(旧正月)、日本のお盆に相当する清明節などを中心に、食事会や小旅行を企画する。「失った子を思う節目に、生きる意欲を無くしやすい。一人で過ごさないことが何より大切です」と徐さん。

自然が豊かな内陸部の貴州省に失独者が静養できる施設も作った。「同じ境遇の人が楽しんでいるのを見て『私も』と前向きな気持ちになれる」。活動を通して、笑顔を取り戻す失独者は少なくない。

春節3日前の2月2日、北京郊外で恒例の年越しパーティーがあった。失独者自ら司会を務め、舞台で歌い、踊り、会場は打ち解けた空気に包まれた。

特派員の目河津
春節の年越しを前に、失独者たちが笑顔で過ごしたパーティー=北京で201
9年2月2日、河津啓介撮影

歌を披露した失独者の女性(57)は07年に一人息子を交通事故で亡くし、09年に夫と離婚した。既に定年退職し、年金収入が頼り。17年に子宮がんと宣告され、生活は一層苦しくなった。「天国から地獄に落ちたようです」。女性は涙を流すまいと上を向いた。

治療中、入退院の手続きや通院に付き添いを求められ、返答に窮した。「お子さんは?」と聞かれ、「海外に住んでいます」。心の痛みを、とっさのうそでごまかした。

やはり支えは、互いに「姉妹」と呼び合う失独者だった。合唱仲間を中心にシフト表を作り、昼夜交代で入院中の身の回りの世話をしてくれた。退院後も通院などに付き添い、見舞金まで渡してくれた。
「絶望を経験したからこそ、本当の優しさが分かった」と語る女性。仲間への感謝を込めて歌う姿に、心から拍手を送った。(中国総局 2019年4月)