台湾に受け継がれる日本語図書館 台北・福岡静哉

台湾最南端に近い屏東県の台湾鉄道竹田駅そばにある図書館「池上一郎博士文庫」。「ここには1万冊以上の日本語の書籍があり、地元のお年寄りたちの憩いの場になっています」。文庫の劉耀祖理事長(87)が案内してくれた。

劉理事長
文庫の開館に尽力した劉耀祖理事長=屏東県竹田郷で2019年1月12日、福岡静哉撮影

台湾では戦前、日本語教育が徹底され、80歳以上は日本語を話せる人が多い。だが台湾では戦後、中国共産党との内戦に敗れて台湾に逃れた蒋介石が独裁体制を敷いた。蒋介石は中国語教育を始め、日本語世代の人々も戦後、中国語を学んだ。だが今でも中国語の読み書きが苦手な人は多い。文庫の近くに住む李遠生さん(90)は「日本語の方が読みやすいのでありがたい」と話す。

 

池上一郎氏
軍医だった頃の池上一郎さん(文庫内に展示された写真を撮影)=屏東県竹田郷で19年1月12日、福岡撮影

池上一郎(1911~2001)は太平洋戦争中の1943年、竹田に駐屯した部隊の軍医として赴任した。薬などが不足するなか、軍人も村人も分け隔て無く治療し、実直で優しい人柄が慕われた。約1年で転勤のため村を離れたが、戦後しばらくして、多くの書籍を竹田の人々に贈った。劉理事長は「竹田の人たちが日本語の本を読みたがっていると知り贈ってくれました」と言う。

劉理事長は竹田で生まれ育ち、台湾大を卒業後、早稲田大大学院に留学。東京都内で医院を営む池上氏を何度も訪れた。「池上先生は台湾人留学生からは治療費を取らず、食べ物などお土産までくださった」と懐かしむ。池上さんの好意に応えようと劉理事長らが尽力し、文庫は戦前からある木造の駅事務所兼倉庫に2001年1月、開館した。池上さんは高齢のため台湾には来られなかったが、開館をとても喜んだという。その直後、帰らぬ人となった。

文庫では毎年、池上さんの誕生日の1月16日前後に記念式典がある。今年は12日にあり、約200人が出席。池上さんの人柄をしのんだ後、全員で「お正月」などの童謡を合唱した。式典には多くの日本人や、地元・屏東大学で日本語を学ぶ学生らも参加した。東京から来た農林水産省職員、坂東樹さん(38)は「ここに来れば日本語世代の人たちと話ができると聞いて参加しました。美しい日本語を話すお年寄りたちと話せて感激しました」と話していた。

日本語世代は高齢化が進むが、日台の絆は若い世代に受け継がれている。(台北支局 2019年3月)

交流
記念式典の後、参加者たちは文庫前で食事をしながら交流した=屏東県竹田郷で19年1月12日、福岡撮影