貧困の再生産 バンコク・西脇真一

バンコク西脇タイの中心的民族であるタイ族は、13世紀までに中国南部から徐々に移動してきたと考えられている。土地は肥沃で広大。だが、問題は働き手が不足していることだった。このため、労働力を確保できる「力」が富の象徴だったり、領土ではなく労働力を目的に戦争したりする時代が続いた。

15世紀に水田の面積で社会的な身分の上下を表す「サクディナー制」が始まったが、身分によって労働力の提供を強制された。そうなると、中国などから賃金労働者を入れた方がいい、ということになる。

今、タイは移民労働者大国だ。周辺国から来た数百万人とも言われる人々が、経済を支える。豊かになって少子高齢化も進み、タイ人はいわゆる「3K」の仕事に就きたがらなくなった。そう説明されるが、彼らを受け入れる土壌は歴史的にもあった。

そんな移民労働者の集住するバンコク東部テープラクサー地区を歩いた。日本人も多い繁華街スクンビットから約10キロタクシーを下りると酸っぱい腐敗臭が鼻を突き、ハエがまとわりついてきた。地区の産業はごみの分別。約20社が集まり、そこで働く700人が暮らす。6割がミャンマー人だ。

ペットボトルの山の下で、チョーさん(36)が仕分け作業をしていた。「20年前に来た。日給は300バーツ(約1000円)。古里に仕事はないからね」。13歳の息子も共に働く。

地域を支援する日本のNGO「シャンティ国際ボランティア会」の八木沢克昌アジア地域ディレクターによると、タイでは国籍にかかわらず子供は公立学校に通えるようになった。しかし、入学の可否は校長の裁量に任されているうえ、授業はタイ語でハードルが高い。また、親たちもこの制度をよく知らないし、子供を働き手とする考え方も根強い。八木沢さんは「基本的な教育を受けていないと安定した仕事に就けず、貧困の再生産となる。これは一つの国だけの問題ではない」と懸念する。

この日はタイの子供の日(1月12日)。ステージでミャンマーの踊りを披露したタックさん(15)も、普段は分別の仕事を手伝う。「学校に行きたい。読み書きできるようになりたい」。親に遠慮してか、そう話す声は思いのほか小さかった。(アジア総局 2019年3月)