米軍駐留発言の真偽と代償 モスクワ・大前仁
安倍政権はロシアとの間で「日ソ共同宣言」(1956年)を「基礎」として平和条約交渉を進めていくことで一致し、2021年9月までの任期中に条約署名を狙う。今後の交渉で最も難しい問題の一つは、在日米軍の取り扱いとみられている。ロシアは共同宣言に明記されている、歯舞群島と色丹島を返還した場合に、米軍が現地に駐留する事態を嫌い、日本に懸念を伝えてきた。安倍晋三首相も2年前の段階でプーチン露大統領に対し、返還が実現すれば、「2島」を非武装地帯にする考えを伝えたともいわれている。
ここで本題に入るのだが、ロシアでは国家安全保障局の谷内正太郎局長が16年11月、パトルシェフ安全保障会議書記と会談した際、米軍が歯舞、色丹両島に駐留する「可能性がある」と発言したと信じられている。あるロシア人の元外交官は「賢くない発言だ」と批判する具合だ。この「発言」はプーチン氏が16年12月に訪日した際、一部の日本メディアが報じ国内外で知られるようになった。一方で直後から複数の外交当局者は、谷内局長が伝えられているような発言をしていなかった、と明かしている。
なぜミステリーまがいの事態が起きているのか? 「スケープゴートですよ」。ある日本外交官は嫌そうな表情で胸の内を明かした。16年の日本国内では一時期、プーチン氏の訪日を前にして、歯舞、色丹両島の返還が実現するのではないかとの期待が高まった。ところが訪日直前になると、進展が難しくなったことが分かるようになり、政府高官が誰かを「いけにえ」にすることを決めて、谷内氏がやり玉に挙げられたというのだ。スケープゴートの対象は谷内氏にとどまらず、外務省内では3人の関係者が「戦犯」と呼ばれたとも伝えられている。
もし、この話が事実だとすれば、その作り話が「事実」としてロシアに伝えられたことにより、平和条約交渉の進展を難しくさせる原因の一つになるのかもしれない。日本の政界では珍しくない情報操作の一環だったとしても、それは天につばを吐くような行為であり、自国に跳ね返ってくる恐れは十分にある。少くとも、このような話をねつぞうした関係者がいるとすれば、その代償を自覚するべきではないだろうか。(モスクワ支局 2019年1月)

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