騙されたふり大作戦 バンコク・西脇真一

バンコク西脇「手伝ってくれんか」。学生時代、初めて関釜フェリーに乗った際、おばあさんに声をかけられた。「ポッタリ」と呼ばれる担ぎ屋さん。下関と釜山で商品を仕入れ、フェリーで往来。上陸先で仲買人らに売って稼ぐ。免税範囲を超えた分は、乗客に声をかけ、その人の荷物として運んでもらう。税関を越えておばあさんに荷物を返し、1000円ほどもらった覚えがある。あれから約30年。もうそんなのどかな時代ではない。

バンコクの日本大使館に日本人の男性がやって来たのは、昨年12月7日の昼だった。男性が、邦人保護担当の館員に打ち明けた。「旅行記を書けば旅は無料に。報酬も渡す」。見つけたサイトのアドレスに「応募」のメールを送ったのは、同11月24日。間もなく返信が届き、SNSのアプリをダウンロードするよう指示された。その後はSNSで、2人の日本人とみられる男とやり取りしたという。

男性は12月4日、上京して東京駅へ。到着したホームで欧州系の男に会い、翌5日、バンコクへ入った。6日にホテル前の路上でイラン人の男に会った。「ドイツのフランクフルトへ運んでほしい」。スーツケースと2000ドルを渡された。部屋に帰って中をよく見ると、ダウンジャケットなどの下に四つの袋に入った「固まった」服が入っていた。「おかしい」。翌日、男性は大使館を訪ねた。

館員とタイ警察は、男性とホテルへ急行。服に覚醒剤をしみこませると、硬く固まるそうだ。館員と警察官が相談し、その場で「辞めたい」との連絡を入れさせた。「スーツケースを取りに行く」「空のスーツケースをシドニーに運べ」。次の指示が来た。日本で振り込め詐欺などの対策に活用される「騙されたふり作戦」だ。午後8時半、ホテルに現れたイラン人が、身柄を確保された。スーツケースの下地の裏から覚醒剤2・3キロが見つかった。

タイで薬物関連の最高刑は死刑。「運び屋」にされかけた男性は「首がつながった」と安堵したという。タイでは「頼まれた」として、日本人が野生動物密輸などで捕まるケースがある。大使館は改めて「他人から絶対に荷物を預からないでほしい」と呼びかけている。国際的な犯罪組織によるとみられる今回の事件。日本でも本格捜査が始まる。(アジア総局 2019年1月)