パゼッヘ族の年越し祭 台北・福岡静哉

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11月10日、台湾中部・苗栗県の鯉魚潭村。「タウマラ アバサン スワジ イム ラルア リャッ」(ご来場の兄弟姉妹の皆さん、こんにちは)。山あいの集落に聞き慣れない言語が響いていた。台湾先住民・パゼッヘ族(巴宰族)の年越し祭だ。「パゼッヘ族の正月は収穫を終えた11月中旬なんじゃ。存分に楽しんでください」。長老の潘大州さん(80)が出迎えてくれた。

台湾にはかつて無数の先住民族がいた。16世紀以降、中国南部・福建省などから移住してきた漢民族に土地を追われたり、同化されたりした。長老によると、パゼッヘ族も元々、今の台中市豊原地区に住んでいたが、一部を除いて19世紀、鯉魚潭村や南投県埔里地区などに移住したという。

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年越し祭で開会のあいさつをする長老の潘大州さん=台湾北部・苗栗県鯉魚潭村で2018年11月10日、福岡静哉撮影

鯉魚潭村ではその後、漢民族も多く移り住み、村では福建省で使われる閩南語が主な言語になっていった。第二次世界大戦後は、中国大陸から台湾に移り、独裁体制を敷いた蒋介石政権が中国語教育を徹底。パゼッヘ語はほとんど使われなくなったという。他のパゼッヘ族居住地でも同様だった。

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パゼッヘ族の女性らが息のあった踊りを披露した=福岡撮影

2010年、南投県埔里に住む最後の母語話者、潘金玉さんが死去。消滅危機言語の一覧を作成している国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)はパゼッヘ語を消滅言語と認定した。パゼッヘ族は、16民族を先住民族と認定する台湾行政院(内閣)からも先住民族と認められていない。

鯉魚潭村では、パゼッヘ語を後世に伝えるため定期的に学習会を開催している。祭りも文化や言語を伝承するための大切な機会だ。年越し祭には各地のパゼッヘ族ら約500人が集合。収穫を祝う民族伝来の踊りや歌を披露した。同様に先住民と公的に認められていない南部・高雄市のタイボアン族も招かれ、美しい歌声を響かせた。

会場にはパゼッヘ族の漁具などと共に、パゼッヘ族の数字表記法を解説する展示があった。パゼッヘ族では数字は7~9がなく、7は「5+2」、8は「5+3」、9は「5+4」と表記する。長老は強調した。

「パゼッヘ族の文化は独特のものじゃ。パゼッヘの言語も文化も消滅していない。今後も受け継いでいくため不断の努力を続けたい」(台北支局 2018年12月)

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大人に混ざって子供たちもパゼッヘ族の伝統的な踊りに挑戦した=福岡撮影