悪を演じる理由 北京・河津啓介

河津啓介 本社員

中国で20年近く俳優として活動する三浦研一さんは、異色の経歴の持ち主だ。商社マンを経て青山学院大大学院で国際政治の修士号を取得。1997年から中国に留学し、政府系シンクタンク「中国社会科学院」の博士課程で学んだ。

俳優となったきっかけは2000年、友人に誘われたテレビドラマのオーディションだった。それから100本近い中国の映画、ドラマに出演し、その大半が日中戦争を題材にした「抗日ドラマ」での旧日本軍人役だ。

中国人の監督から「ただ怖く演じればいい」と求められることもあったが、人間性まで掘り下げた役作りで一目置かれるようになった。

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俳優として中国で挑戦を続ける三浦研一さん

あるドラマで、三浦さんは自らが演じる軍人に、恐妻家の側面がある設定を加えようと提案した。監督と激しい議論になったが、三浦さんの案が採用され、視聴者の反応も良かった。「日本人の私が起用されるのはリアリティーのため。だから役にはとことん向き合う」と信条を語った。

数年前、当時、米国の大学で映画を学んでいた中国人留学生、李雅弢さんから卒業制作で監督する短編映画への出演依頼を受けた。見ず知らずの若者からの連絡だったが、脚本を読んで出演を決めた。

三浦さんの演じる旧日本兵は、中国の村を襲い、人命や財産を奪いながら、麻袋に隠れて生き延びようとする少女を見逃す複雑な役柄だった。

「抗日」の図式と異なる戦争描写について、監督の李さんはメディアの取材に「西側の戦争映画が人
間性に焦点を当て、国家の枠にとらわれていない」点に影響を受けたと明かした。

「活下去(中国語で『生き続ける』)」と名付けられた20分弱の作品は、2015年の米アカデミー賞短編映画賞候補の10作品に選ばれるなど高い評価を受けた。

最近、三浦さんは若い俳優から「あなたが出演する戦争ドラマを見て育ちました」と声をかけられる
ようになった。役者として次の世代に歴史を伝える責任を感じている。「一面的でなく、多様な見方を
伝えられたらと思う。人間が悪に染まる過程を伝えることも大事との思いで、悪を演じています」 (中国総局 2018年12月)