タイのSL バンコク・西脇真一

バンコク西脇石炭と水を食らい、生きているかのように鉄の塊が走る――。自分にとってのSLの魅力はそんなところだろうか。初めて乗ったのは、学生時代の1988年に訪ねた中国・武漢―西安間でだった。山口支局時代にはSL「やまぐち」号のC57―1号機を取材した。そんな縁もあり、バンコクと古都アユタヤ間をSLが往復すると聞き、見に行った。

バンコクの中央駅・ホアランポーン駅が始発で、760席は完売。線路に下りてもしかられず、大勢の人がSLを囲んでいた。鐘が鳴った後に一般列車が入線し、出発は5分ほど遅れた。その間に線路を横切って移動し、タイの鉄道ファンと一緒にカメラを構えた。一歩線路へ近寄れば、動輪に巻き込まれそうなほどの位置だった。

東南アジアで最初の鉄道は、1867年にオランダ領東インドのジャワ島で開通した。次いで、77年に英領インドのビルマ、81年にフランス領インドシナのベトナムと、各地に広がった。タイは一番遅く93年。だが、20世紀に入ると急速に鉄道網が張り巡らされていく。太平洋戦争中、タイは日本と軍事同盟を結び、日本軍が進駐。軍事輸送にも使われ、さらに延伸された。

そんな歴史がタイのSLに大きく関係する。現在運行可能な4両はすべて日本製だ。戦時中、ビルマまでの泰緬鉄道用に多くのC56が運ばれ、戦後も残った。うち2両は1979年に里帰りし、1両は靖国神社に奉納され、1両は大井川鉄道で今も現役だ。

一方、当日は40~50年代に日本から多数輸入された「パシフィック型」2両が重連運転された。柿崎一郎・横浜市立大准教授は大量輸入について「米軍を通じて日本へコメを送り、その代金として受け取った」と語る。その2両は元々まき燃料だったが、木材不足のため重油使用に改修された。機関士は「あっという間に蒸気が上がるよ」と話していたが、あの石炭独特の香りがしないのはちょっと残念だった。

ちなみにミャンマー(ビルマ)在住の日本人鉄道ファンによると、同国には今も走れる日本製SLはなく、3両すべてが英国製。英独などのファンにチャーターされ、希望通りの客車や貨車を引いて各地を走り、人気を集めているという。 (アジア総局 2018年12月)