日本人の遺骨を大切に保管する寺院 台北・福岡静哉

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台湾中部・台中市にある宝覚寺を訪ねた。戦前、台湾で死去した日本人1万人あまりの遺骨が納められ、供養されている。

一生をかけて供養に努めた人がいる。中国生まれの野沢六和さん(1917~83)。妻ムメさんが新潟県出身で戦後、日本国籍を取得した。中部・苗栗県に暮らしていた47年1月のこと。庭先で農作業中、多くの遺骨を見つけた。一帯は戦前、日本陸軍の病院があっ

石碑
日本人の供養のため宝覚寺敷地内に建立された石碑=福岡撮影

た。棺桶に墨で記された文字などから、死去した兵士らの遺骨とみられた。無造作に埋められ、毛布にくるまれただけの骨もあった。野沢さんは当時の気持ちを手記にこう記している。

「かくも悲惨な現状に、私は他人事ではすまされない責任感に追われた」

台湾各地の知人に日本人の埋葬状況について尋ねると「荒廃した場所が多い」との情報ばかり。「縁者とてなき故同胞の遺骨を収集して、遺族に代わって霊を慰めてこそ、戦争に生き残ったものの務め」。台湾全土で日本人の遺骨を集め、供養しようと誓った。地域住民らの案内で、花の種子の行商をしながら十数年にわたり遺骨がある場所を探し歩いた。遺骨が見つかって宿から追い出され、野宿したこともあった。

林法玄住職
父の思い出を語る宝覚寺の林法玄住職=福岡撮影

野沢さんに共感し、多くの人が協力した。その一人が宝覚寺の林錦東住職(1923~77)。収集を手伝い、トラック何台分にもなった納骨も快諾した。父の遺志を継ぐ現住職、林法玄さん(65)は「父は、亡くなった方の尊厳を守りたいとの一心だった」と回想する。

台北市の中和禅寺にも日本人遺骨が保管されていた。だが区画整理の影響で同寺の移転が決まり、移転先で遺骨の保管場所が確保できなかった。関係者が法玄さんを頼ってきた。「最後まで善事をなす、という父の遺志を大切にしたかった」。96年、中和禅寺の遺骨も宝覚寺に移された。

納骨所を見せてもらった。金色に彩られた納骨スペースが並び、一つ一つに骨つぼが丁寧に収められていた。毎年秋には慰霊祭が行われている。野沢さんや林さんら多くの人の努力がなければ、今も多くの遺骨が荒れた埋葬地に残されていたかもしれない。感謝の思いが心に満ちた。(台北支局 2018年8月)

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