路上生活者予備軍 ロンドン・矢野純一

ロンドン矢野英国の街中で、物乞いの姿をあちこちで見かける。観光客でごった返すロンドン中心部だけでなく、地下鉄の車内や郊外の商店街にもいる。

たいていは見ぬふりをする。声をかけられた時は「ソーリー」と言って通り過ぎる。「前任地のフィリピンの路上で暮らす子供たちに比べたら英国の物乞いの方が身なりも良いから」などと、勝手に自分に言い訳をしているが、いつも心が少し痛む。

こうした物乞いは、住む家を持たない路上生活者だけでなく、その予備軍も多くいる。ロンドン中心部の地下鉄駅前で物乞いをしていた英中部マンチェスター出身のヘンリーさんも、その一人だ。建設現場や倉庫などの職を転々とした後、病気が原因で5年ほど前に定職を失った。妻にも見放され、友人宅を転々としながら、物乞いをする。

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ヘンリーさんの座っていた場所には別の物乞いの男性が陣取っていた=ロンドン中心部の地下鉄駅前で矢野撮影

「友人宅を追い出されて、いつ路上生活者になるかわからないので、いつも不安だ」と話す。年齢は40歳というが、しわが深い。アルコールの臭いがして、少しろれつが回らない。自治体は路上生活者だけでなく、ヘンリーさんのような予備軍の人たちにも住宅を提供しているが、「手続きが面倒なうえ、全く知らない人たちと暮らさなければならないのが苦痛で拒んでいる」という。

英政府の2017年秋の調査では、路上生活者は4751人。一方、英国の慈善団体「クライシス」は、友人宅や慈善団体の施設などを転々としている路上生活者予備軍は20万人以上と推計する。政府が何も対策を取らなければ、2041年には倍増すると警鐘を鳴らす。

ロンドンなど大都市は家賃が高く、自治体も十分な住宅を提供できないのが実態だ。英政府は、ホームレスを野宿する路上生活者だけでなく、簡易宿泊所や友人宅を転々とする人と定義する。河川敷や公園で暮らす路上生活者に限定している日本の法律よりも広く解釈して、路上生活者予備軍の問題を認識しているが、対策が追いつかないのが現状だ。

地下鉄駅前からヘンリーさんの姿は消え、別の男性が路上に座っていた。話しかけても無言のままだ。「揺りかごから墓場まで」といわれた英国の社会福祉制度は見る影もない。(欧州総局 2018年8月)

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