続く前駐日大使のロビイング モスクワ・大前仁

モスクワ大前少し前の話になるが、4月にモスクワで開かれた「日本・ロシアフォーラム」には、自民党の二階俊博幹事長が出席。お膝元の観光業界を中心にして、200人近くの訪問団を引き連れてきた。訪問団の規模については、プーチン露大統領が評価したと伝えられる。この二階氏訪露を演出したのは、離任したばかりのアファナシエフ前駐日ロシア大使だったといわれる。

6年弱、駐日大使を務めたアファナシエフ氏だが、ロシア外務省の日本スクールではない。過去には中国との国境画定交渉に参加したほか、韓国やタイで大使を務めたうえで駐日大使に就任。自身が日本語を話せないことについては、しばしば講演のネタにしてみせた。

語学のハンディキャップを抱えながらも、フットワークの軽さを生かし、二階氏にとどまらず、今井尚哉首相秘書官ら政府要人と関係構築に成功。2016年12月にプーチン氏が山口県長門市を訪れる前には、今井氏と二人して会場となった温泉旅館を下見した具合だ。また自らが日本企業に電話をかけて、ロシアへの事業進出を呼びかけるなど、型破りの行動もみせたことでも知られていた。

帰任後のアファナシエフ氏は、ロシア資源大手のノバテク社の顧問に就いた。同社が手がける目玉事業は北部ヤマル半島と周辺における液化天然ガス田(LNG)の開発だ。昨年12月にガス産出を始めたのは「ヤマルLNG」というガス田。「北極2」という別のガス田の開発も始まり、フランス企業トタル が参加の意向を示すなど、今後の開発が注目されている。

ア ファナシエフ氏は日露フォーラムの際、一部の自民党議員をつかまえて、これらのガス田から北極海を経由しアジアへ輸出するルートの効用を説いていた。このような活動を目にした関係者からは、アファナシエフ氏が対日関係のキングメーカーに躍り出たのではないかとの声も出ている。これまでは1990年代後半から2000年代前半まで駐日大使を務めたパノフ氏がこの役割を務めてきたのだが。

「孫たちに囲まれ静かに暮らしたい」。帰国直前にはこう話していたアファナシエフ氏だが、退任後も動き回る日々を過ごしている模様だ。(モスクワ支局 2018年8月)

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