平昌オリンピックの跡地を見て ソウル・渋江千春

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7月末、平昌冬季五輪の会場跡地を訪ねた。開・閉会式が開かれたスタジアムは、ほとんどが取り壊され、更地が広がっていた。

平和の祭典であるオリンピックが終わる度に、施設を含めた跡地利用が課題となる。平昌でも現在、再整備の真っ最中だ。3万5000人を収容するオリンピックスタジアムは2階建ての建物に作り替えられ、オリンピック記念館がオープンする予定だという。

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平昌五輪の会場として使われたアルペンシア・ジャンプセンター=韓国・江原道平昌郡で渋江撮影

一方で、ボブスレーなどに使われたスライディングセンターは韓国の代表選手などの練習場としてそのまま使われる予定だ。スキージャンプなどが行われたアルペンシア・ジャンプセンターには展望台があり、五輪後は訪れる観光客が数倍になったという。選手村は住宅として売り出された。期間中はプレス センターとして利用されたコンサートホールでは、「平昌大関嶺音楽祭」が開かれていた。

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平昌五輪の開・閉会式が開かれたスタジアムがあった場所は、再開発の真っ最中だった=韓国・江原道平昌郡で渋江撮影

残すものは残すが、思い切って壊し、再開発する施設もある。長野冬季五輪を含め、過去の五輪の経験を参考にしたという。

課題もある。一部の施設について、今後必要となる管理費の負担を巡って江原道と国の主張はすれ違ったままだ。

それでも、五輪が江原道にもたらした経済効果は大きいという。五輪前に高速鉄道KTXが開通し、ソウルからのアクセスも大幅に改善された。五輪をきっかけに、日本の旅行会社が企画したツアーは今も続いている。平昌五輪へ北朝鮮が選手団を派遣したことをきっかけに、南北融和ムードが一気に広がった。この流れが、その後2回の首脳会談につながったこともあり、「平昌」の名前はさらに広く知られた。江原道で海外向けの広報を担当する尹皓殿(ユン・ホジョン)さんは「江原道が世界的に認知されたことが何よりの財産だ」と胸を張った。

東京五輪の担当者も平昌を現地視察したという。日本の首都である東京を訪れる外国人旅行者数はすでに約1400万人に達している。多くの人たちに認知されている東京に、五輪は何を残せるのか。祭典の瞬間だけでなく、その後を見据えた五輪開催を期待したい。(ソウル支局 2018年8月)

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