駐日大使インタビュー② フィリピン共和国

構造改革、インフラ整備、効率化
――強靱さ増すフィリピン経済

ホセ・カスティーリョ・ラウレル5世・駐日大使

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インタビューに答えるホセ・カスティーリョ・ラウレル5世・ フィリピン共和国大使=東京都港区のフィリピン大使館で西尾撮影
新興国の駐日大使にインタビューするシリーズ第2回はフィリピン共和国。2010年代に入って人口1億人を突破した同国は、前世紀の伸び悩みを取り戻すかのように急成長を続け、東南アジアでも成長率は1、2を争う勢いだ。年に就任したドティルテ大統領の強いリーダーシップの元、治安は大幅に改善し、ビジネス環境の整備も進んでいる。ホセ・カスティーリョ・ラウレル5世大使に聞いた。
毎日アジアビジネス研究所・西尾英之

――フィリピン経済の現況を教えてください。

フィリピンはアジアでも最も高い経済成長率を実現してきた国の一つです。構造改革とインフラ整備の進展が、国に信頼と成長をもたらしています。

ご承知の通り、コメ関税法、税制改革、国民ID法、ビジネス環境改善法新などの重要な法案が可決され、構造改革の進展は堅調です。政府が推し進めるインフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」(Build-Build-Build=BBB)プログラムはさらに加速し、昨年段階で75のプロジェクトが進行中です。政府は、2022年までにGDPの7・3%をインフラ整備、具体的には空港、道路輸送、鉄道、治水、橋梁建設、再開発プロジェクト、海洋保安、水資源開発に投資する目標を掲げ、この国家的なインフラ整備事業は新たに170万人の雇用を生み出します。慎重なマクロ経済運営と強力な構造改革がフィリピン経済の回復力を高
め、成長を促進し、貧困の削減に貢献しているのです。

新型コロナウイルス「COVID-19」の感染拡大が世界経済、特に貿易と観光に悪影響を及ぼすことは間違いなく、我が国もこの影響から免れることはできません。我々は当初、20年の経済成長率を6・5%~7・5%と予測しましたが、感染拡大の影響で成長率は1%からマイナスに落ち込むことが見込まれます。

政府は現在、感染拡大を抑え国民の健康と福祉を守るための緩和策に取り組んでいます。私たちの取り組みはすべての国民の保護だけでなく、危機からの立ち直りと回復を確実にすることも目的としています。

「お役所仕事排除局」効率化を徹底

――外国企業にとってのフィリピンの魅力は何ですか?

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「構造改革とインフラ整備の進展が国に信頼と成長
をもたらしている」と語るホセ・カスティーリョ・
ラウレル5世大使=西尾撮影

世界銀行の「Ease of  Doing Business」(ビジネスのしやすさ)ランキングで我が国は、昨年の124位から今年は95位にとなり、一気に29位も上昇しました。政府は、よりビジネスが容易な環境をつくるための施策を、規模を拡大しながら実施しています。

国際的な研究機関の見方を紹介したいと思います。スイスに拠点を置く「国際経営研究所」(IMD)は、フィリピンの強みについて「経済パフォーマンスのよさ」「効率的な政府」「効率的なビジネス」「インフラ整備の推進」を挙げています。「経済パフォーマンス」については、我が国の成長率は18年以降6%を下回らず、東南アジアでは最もよい成績を収めています。

国際的な格付けではS&Pが「BBB+・ポジティブ」、日本の格付け機関は「BBB+・安定的」です。22年までに、堅調な経済成長、健全な財政、健全な対外的地位を意味するAランクを得ることを目指しています。

政府の効率性については、18年に可決されたビジネス環境改善法に基づき、大統領府直結の「Anti-Red Tape Authority」(ARTA、お役所仕事排除局)が「3日、7日、20日」ルールの徹底に取り組んでいます。単純な行政手続きは3日以内、複雑な手続きは7日以内、公安や公衆衛生、公共政策などに関わる手続きは20日以内に処理することが求められます。ドゥテルテ大統領は、政府機関での長い行列を解消することに情熱を傾けており、政府の効率化は、ゆっくりでも確実に進展し、大統領の国民への約束は果たされると確信しています。

世界銀行が数えたところ、フィリピンでビジネスを開始するためには現在、13の手続きに33日が必要です。私たちはビジネスの効率化のために、処理手続きの単純化と自動化で、できればすべてのプロセスを1日で終わらせることを目指しています。政府を挙げて取り組み、すべての手続きを見直して冗長性を取り除き、簡素化します。

インフラ整備については先に申し上げた通りです。

一方、世界経済フォーラムは、フィリピンの「市場規模」「労働市場」「金融機関」「ビジネスの活力」を魅力に挙げています。国内市場は世界で13番目の巨大な規模を持ち、過去20年の収入増で購買力のある中間層が増加しています。また労働市場については、フィリピンには豊富な学校を卒業した若い労働力があり、彼らは識字能力が高く訓練が容易です。我が国の労働者のスキルは、競争力ランキングでも上位にあります。

また我が国には健全な財政および金融政策、健全な金融システム、そして緩やかなインフレがあります。

我が国のビジネスの状況は過去20年間、革新的なテクノロジーの影響で大きく変化し企業に自己変革を促してきました。世界経済フォーラムの競争力ランキングはフィリピンの起業文化について、リスクに立ち向かう姿勢は141カ国中17位、イノベイティブ企業の成長は10位、破壊的アイデアへの積極性は10位といずれも高く評価しています。

女性の社会進出についても触れたいと思います。我が国は、アジア太平洋諸国で2位、世界でも16位の高い評価を得ています。フィリピンでは男女格差の78%はすでに埋められており、女性のリーダーシップは男性を上回り、高いレベルでの賃金の男女平等を達成しています。

女性の活躍は企業にとって重要なポイントです。世界銀行によると、女性リーダーが30%を超える企業は、それ以下の企業よりも6ポイントも高い純利益率を達成しているのです。

4年から6年の法人税免除 充実したインセンティブ

――フィリピンは外国投資促進のための様々な優遇(インセンティブ)制度を設けていますが、その中でも日本企業による利用が多いのがフィリピン経済区庁(PEZA)による優遇措置です。PEZAインセンティブについて教えてください。

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若い労働力が活躍するフィリピンの生産
現場=フィリピン大使館提供

PEZAのインセンティブを受けることができるのは、PEZAが認定する各地の工業団地やITパーク(ITビルディング)に入居する、メーカーやサービス輸出企業です。サービス輸出業者とは、コールセンターサービスや会計、エンジニアリング設計、ソフトウェア開発、アニメーション制作、ゲーム開発などのサービスを外国のクライアントに提供する企業のことです。

PEZAの優遇措置は、4年から6年の法人税の100%免除▽法人所得税免除終了後は総所得の5%のみ課税の特別税▽原材料や設備、製造機械、スペアパーツの輸入免税▽埠頭税、輸出税、賦課金等の免除▽内国歳入庁(BIR)及びPEZA の要件を満たせば、国内調達における付加価値税(VAT)率ゼロ▽地方政府の賦課金、料金、免許及び課税免除▽拡大源泉徴収税(Expanded Withholding Tax)の免除――です。申請時にPEZAは会社の事業計画を評価し、適切なインセンティブを付与します。

――政府は特にどの産業分野からの投資を歓迎していますか?

政府は、大統領の国家開発に関する長期ビジョン「A m B i s y o n N a t i n2040」と、中期計画である「フィリピン開発計画2017―2022」に沿って優先投資分野を挙げています。

①農産物加工を含む製造業②農業、漁業、林業③集積回路設計、クリエイティブ業界などの戦略的サービス④薬物リハビリを含むヘルスケアサービス⑤集合住宅⑥地方政府、官民パートナーシップ案件を含むインフラ及び物流⑦(革新的な変革をもたらす)イノベーション・ドライバー⑧(貧困解消など社会問題解決につながる持続可能な)インクルーシブ・ビジネス・モデル⑨環境、気候変動関連プロジェクト⑩エネルギー――です。

――日本企業にとって治安状況は進出を左右する重要な問題です。政府は治安維持にどのように取り組んでいますか?

平和、安全で秩序ある社会の存在は、社会に幅広く利益をもたらす包括的な成長や、競争力ある経済を構築するために必要不可欠な基盤的要素です。国のあらゆる戦略を後押しするため、社会の安定や治安の改善は、2017年から22年の政府中期計画「フィリピン開発計画」の基本戦略に盛り込まれ、政府は、あらゆる種類の犯罪と違法薬物を大幅に減少させてきました。

犯罪、人身売買、テロに対して、軍の支援を含むすべての法の執行活動を強化しました。犯罪、違法薬物、汚職と戦うための全体的なプログラムを開始しました。内部のセキュリティの脅威とサイバーセキュリティなどの新たなセキュリティの脅威に対処するための法執行機関の機能を強化しました。さらに暴力的な過激主義に対抗するために国際協力を深め、人身売買との戦いも強化してきました。

治安の確保のために、警察の「見える化」や事件通報のためのホットライン整備、人道支援と災害対応の能力強化、さらにすべての法執行機関と軍の行動の、国際、国内双方の人権基準への合致に取り組んできました。

日本での労働は言葉が壁に

――フィリピンは世界でも有数の労働力輸出国です。フィリピン人に日本での労働はどうとらえられているでしょうか? また、日本で働いてもらうために日本社会が努めなければならないことはありますか?

最初に明確にしたいのは、労働力輸出促進は決して我が国の政策上のものではありません。政府の政策と取り組みは、外国人労働者保護が徹底していない国への送り出しの禁止や募集手数料の上限の設定など、海外で働くフィリピン人労働者の保護です。さらに、フィリピン人がより良い労働条件で働けるよう、政府間交渉に特に積極的に取り組んでいます。

日本に関しては、すべての外国人がこの国の非常に低い犯罪率の恩恵を受けています。東京や、他の土地を歩いていても不安を感じることはありません。利便性、清潔さ、効率性に加え、日本人の親切さも、外国人が日本で働くことの動機になるでしょう。

日本での仕事は他国に比べ過酷で不快なものではありません。しかし、仕事の量は予想を上回ることがあるようです。日本では考えているよりも長時間労働となることは、よく知られています。

日本で働こうとするフィリピン人にとって、最大の問題は言葉の壁です。日本語は最も学習が難しい言語の一つだと考えられています。外国人労働者が日本語を学ぶために、政府や民間企業がもっと支援してくれたならば、外国人の職場や地域コミュニティーへの適応がさらに容易になると思います。

日本は「兄弟よりも親しい友人」

――大使はお父様も日本大使を務め、自身も日系企業の社長を務めた経歴をお持ちです。フィリピン有数の知日派として、両国の関係をどのように見ていますか?

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大統領就任後初めて来日し、安倍首相との 会談で日本とのパートナーシップを確認し たドゥテルテ大統領=首相官邸で2016 年10月26日、宮武祐希撮影

ドゥテルテ大統領は、日本について何度も「兄弟よりも親しい友人」と断言しています。2017年以来、フィリピンと日本は「戦略的パートナーシップの黄金時代」に入りました。首脳レベルと、行政、国会、司法を含めた政府のすべての機関の積極的な関与を通じて、私たちは両国関係をさらに高めていきます。付け加えれば、ビジネスやアカデミーの分野でも多くの生産的な交流がなされています。

私たちの国民的な英雄であるホセ・リサール博士は、1888年に欧州へ渡る途中に日本に立ち寄り6週間、滞在しました。この時彼が「私は日本に当初の予定よりもずっと長く滞在した。この国に私は非常に興味があり、将来、私たちは日本と多くを交渉し、成し遂げなければならないからだ」との言葉を残したことをご存じですか?

実際、この言葉は現在、そして今後の両国関係を言い当てるものになりました。ドゥテルテ大統領も述べているように、私たちは民主主義を守り、法の支配を守り、紛争を平和的に解決するという、共通の決意で結ばれた友人です。

◆AmBisyon Natin 2040
ドゥテルテ大統領が2015年に制定した、2040年までの長期社会、経済開発アジェンダ。タガログ語で「2040年へ向けた我らのビジョン」といった意味。40年までの貧困層の根絶や一人当たりGDP1万2000ドル達成などを掲げる。
◆ホセ・リサール博士
19世紀末、スペインによる植民地支配に抵抗し1896年に35歳で処刑されたフィリピンの国民的英雄。医師、画家、作家、学者。1888年、留学のため欧州へ向かう途中に日本に立ち寄り、予定を大幅に超えて約6週間を過ごした。滞在していたホテル跡地に近い東京の日比谷公園に、記念碑と胸像が建立されている。
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ホセ・カスティーリョ・ラウレル5世大使(Jose C. Laurel Ⅴ)

1944年9月、ルソン島中部バタンガス県の名門一族に生まれた。祖父は日本軍政下でフィリピン共和国の第3代大統領となったホセ・ラウレル氏。父親のラウレル3世は1966年から71年まで駐日大使を務め、5世は父親に続き2代続いての駐日大使として2017年着任した。
バタンガス州知事などの公職のほか、日系のYKKフィリピン会長、トヨタバタンガス会長など、多くの企業
の経営に携わった。フィリピンきっての知日派として日本の政財界に広い人脈を持ち、フィリピン・日本友好協会会長なども務める。