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北朝鮮の金正恩委員長は4月の南北首脳会談の中でベトナム型の経済改革を目指したいとの考えを示したといわれる。政治は社会主義、経済は市場経済を標榜する「ドイモイ(刷新)」政策だ。ベトナムのたどった社会主義的計画経済を外貨導入は凌駕したか。その実相はどうなのか。「四角い枠の中の市場経済」論を唱える荒川研氏の分析をもとにひも解いてみた。(毎日アジアビジネス研究所 清宮克良)=写真は平壌で2018年9月9日、渋江千春撮影

 

外資導入の立役者

 

フック前投資相

8月10日夕、荒川氏の携帯電話に旧知のベトナム要人から連絡があった。
「今年は(1988年に)外国投資法が導入されて30年になる。その間のことを良く知っている日本人として、ベトナム国営テレビ局(VTV)に貴兄を紹介したので、取材を受けてくれ。その記念式典にも招待したい」。ベトナムの前計画投資相、ボー・フォン・フック氏(写真、※1)からだった。
フック氏はハノイ工科大学を卒業後、1969年に国家計画委員会(MPI、現計画投資省)に入省し、一貫してMPIを歩んだ「外資導入の立役者」である。ベトナム歴40年の荒川氏が、フック氏と知り合ったのはMPIの課長時代だった。その後も、次長、局長、副大臣、大臣とポストの上がるフック氏とつきあって、ベトナムの外資導入と市場経済の歩みを目撃してきた。
当初の外国投資法では外国企業と国内企業とに区分されており、外国企業は国内企業に比べ競争力が弱められていたが、フック氏は世界貿易機関(WTO)加盟をめざし、国際化の推進のための法整備が必要であると言及していた。その結果、共通投資法と統一企業法が2006年7月1日から施行され、外国投資家への市場開放や外国・国内企業が同じ環境下で平等に投資活動ができるようになった。
日本企業におけるフック氏の人気は絶大だった。訪越する企業トップは、フック氏の入省時から大臣に上り詰めるまでそのポジションに関係なく必ず面談を希望した。

 

四角い枠に内接する円の拡大

 

荒川氏が1995年に「ベトナム アジア読本」(河出書房新社刊)で発表した「四角い枠の中の市場経済」は今でも色あせずにベトナム経済を言い表している。
<ベトナムにとって、たとえば、社会主義を四角い枠とすると、市場経済はその内側に作られた円である。当初、この円は非常に小さいものであったが、ドイモイ政策が功を奏し、この円はどんどん大きくなっていった。しかし、社会主義という四角い枠は非常に強固なものでなくてはならず、これを壊すことは、国家の崩壊につながる。従って、円の拡大も、四角の辺に内接すれば、それが限界である。さらに、四角と円による四隅の隙間をどう埋めるのか。四角と円の図形が大きくなればなるほど、この隙問も拡大する>
<ベトナムの四隅の隙間に巣食う、もう一つの大きな矛盾は、ベトナムは、法治国家ではないということだ。現在、必死に法整備に努めているが、まだまだ党の決定、拘束力の方が、民間レペルの約束事項より、はるかに強力で、影響力を持っている。民間レベルの商取引に、経済以外の要因が介在してくるということは、市場経済になじむものではない。これは投資する側にとっては、大きなリスクとなる>
この論文はベトナム戦争終結20周年を迎えた年に書かれたものである。
ベトナムはドイモイを導入した第6回党大会(86年)、第7回党大会(91年)で、四角の枠をさらに大きな枠に替えてきた。具体的には、(1)国家管理による社会主義計画経済に、市場競争原理、私営経済の導入(2)旧西側先進国からの資本、技術の導入(3)国営企業に経営自主権と独立採算性を採用(4)私有財産の尊重――である。
北朝鮮の金正恩委員長がベトナム型の経済改革に着目した理由は「四角い枠の中の市場経済」にある。韓国紙の報道によると、4月27日、金委員長は韓国の文在寅大統領と南北軍事境界線上の板門店を散歩し、ベンチで座った2人だけの会談で思いを語ったという。金委員長はベトナムの市場経済が中国よりも資本統制が強くなく、米国の外資導入をしやすい点をあげ、政治的には社会主義体制が維持されていることを評価したという。

 

WTO正式加盟

 

ベトナム国旗しかし、社会主義国家体制の中で市場経済を導入することは、決してなまやさしいものではない。これは荒川氏のビジネス体験を通しての実感でもある。荒川氏は「四角い枠の中の市場経済」の論文を執筆した当時、勤務先だった三菱商事ハノイ駐在員事務所で債権回収を担当していたからなおさらだ。
社会主義制度下での市場経済導入は、ハイブリッド(異種のものの組み合わせ)的な政策である。管理メカニズムが極めて官僚的かつ中央集権的であり、市場経済には適していない原価計算方法が依然として用いられており、「コスト」や「費用」の認識を基本とするビジネス本意の考えに改める必要があった。銀行システムは国家銀行とそれ以外の金融機関の機能の分離が必要であった。また多セクター経済の創出も必要だった。ベトナムはそれらへの転換を目指したのだ。四角い枠の中の円が拡大し、四隅にできる空間を埋める必要があったからだ。フック氏らが尽力した共通投資法と統一企業法は四隅の空間を埋める役割を果たした。ベトナムは2007年1月、WTOの正式加盟国となった。1995のWTO発足と同時に加盟申請し、その後12年間にわたる二国間交渉や多国間協議を経たのちに承認された。
2007年後半のサブプライムローン問題、そして続く2008年のリーマン・ショック以降の世界的な経済危機の中で、アジア全体で一時株価は6割下がり、輸出は3割削減した。ベトナムは経済的な苦境に陥り、しかも「四角い枠の中の市場経済」の制約がありながらも、自由貿易の方向性を打ち出してきた。
ベトナムの貿易はまずは投資と不可分で、相手国の景気後退が大きく影響する。外国直接投資は投資国が変化してくる。為替レートも影響し、労働コストや失業問題など一連の改革が必要となった。

 

日越経済連携協定

 

ベトナム天皇2008年は日越関係では外交関係樹立35周年となる節目の年であり、12月25日にはそれを象徴すべく、日越経済連携協定(EPA) が大筋で合意された。同協定は、09年には両国で正式に批准され、両国間での関税の撤廃・削減が実行されるだけでなく、サービス貿易の自由化で連携を強化した。入国や滞在に対するハードルもより低くなった(写真は2017月3月1日、天皇陛下のベトナム訪問、ハノイで梅村直承撮影)
こうした動きを踏まえ、荒川氏は2009年、雑誌「海外投融資JOI」7月号で、ベトナムの工業化政策について次のように指摘した。
<2009年は、日本企業の投資形態も、ベトナムで製品を組み立て、全量を海外の市場に輸出するという形態から、ベトナムの内需に添ったビジネスに移行するものや、ベトナムが目標とするプロジェクトヘ参画するものが出てくるであろう。そのため、ベトナム政府は、2020年までの工業化政策をより明確にして、日本をはじめ外国の企業のプロジェクトヘの参画を容易にする必要があろう。今後ベトナムがさらなる経済成長を遂げるには、今までのような外国からの直接投資のみに頼るのではなく、自国の工業化計画に沿って将来を見据えた産業、たとえば電気自動車やエコ関連の産業分野などの基礎固めが急務である>

 

リーマン後の3つのリスク

 

リーマン・ショック後、ベトナムや中国をはじめアジアは回復し、世界経済の成長を牽引する存在となった。現在もアジアは経済的に飛躍をとげている。
しかし、そこには3つのリスクと課題が潜んでいる。
まずはトランプ米政権に代表される保護主義の復活だ。東シナ海、南シナ海は米中2大国の紛争の火種となり、貿易・投資の自由化と国際協定に反する政策がはびこっている。
次に「インダストリー4・0」(製造業のデジタル化による第4次産業革命)に代表されるデータを活用したものづくり刷新の動きだ。東南アジアの多くは人手に頼り、単純労働で衣類、靴などを製造する業態のままである。科学技術の急速な普及や生産性の向上が、こうした労働者の職を奪い、労働の機会を困難にする可能性が高い。
最後に自然災害、気候変動、地球規模の変化への対応に迫られていることだ。アジア諸国には質の高いインフラパートナーシップが必要だが、成長過程のアジア各国には重荷になっている。

 

保護主義に警鐘

 

ビン副首相こうした状況下で、ベトナムのチュオン・ホア・ビン副首相(写真、※注2)は今年6月、国際交流会議「アジアの未来」で講演し、ポピュリズムと保護主義の台頭に警鐘を鳴らすとともに、国際協定とWTO原則の順守を提唱した。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が経済統合を推進し、自由貿易協定(FTA)のモデルになるとの考えも示した。
TPPに米国が復帰しなくても、参加11カ国だけで人口5億人、国内総生産(GDP)10兆ドル(約1100兆円)の経済圏となる。TPPなど国際基準の取り決めの整備が、ベトナムにおける行政改革や国営企業改革など内政の刷新のほか、外資の進出加速や世界の部品供給網へとつながる。
今年1月に域内関税を撤廃したはずの自動車輸入に対し、非関税障壁措置をとっており自由化政策には一部で揺らぎがあるものの、TPPに合わせた流通業の規制緩和、FTAや経済連携協定(EPA)で市場開放が進んでいることは間違いない。
「外資導入の立役者」であるフック前計画投資相は2012年、日越関係の強化に大きく貢献したとして、日本の勲一等旭日大綬章を授与されている。
荒川氏はフック氏の対日関係の功績を次のように考えている。
(1)日本政府、日本企業と常に友好関係を維持し、ODAの実施、外国投資を呼び入れた。
(2)日越共同イニシアティブ(※3)をベトナム側議長として尽力した。
(3)根室のサンマのベトナムへの輸出(写真は「根室産サンマ普及フェア」が行われたホーチミン市の日本食レストラン=北海道根室市アジア圏輸出促進協議会提供)に尽力、日本の地方創生に協力した。
最大の功績は、日越共同イニシアティブの設置・実現であり、日本企業のベトナム市場への進出を容易にした。日本企業のみならず、その波及効果で韓国、米国などの海外企業も進出しやすくなった。
荒川氏は持論の「四角形の中の市場経済」を踏まえ、「ベトナムにとって、国際協定、WTO、自由貿易も、四隅の空白を埋めるものである。特にTPPなどは市場経済をさらに発展させ、外資導入を促進する重要な要素になる。しかし、丸い市場経済がいくら大きくなろうとも、四角い社会主義体制の枠を超えることはない」と解説する。
ベトナムの首都ハノイでは10月4日に外資法制定30周年記念式典が開催される。

 

(※1)ボー・ホン・フック 前計画投資相
1945年生まれ、ベトナム・ゲアン省出身。68年、ハノイ工科大学鉱物学部卒。 国家計画委員会(MPI、現計画投資省)に入り、産業局課長補佐、課長、次長、局長、副大臣。96年、ベトナム共産党中央委員会委員。2002年~2012年、計画投資相。ベトナムの投資環境の改善に取り組んだ。12年、日本の勲一等旭日大綬章を授与される。

(※2)チュオン・ホア・ビン 副首相
1955年生まれ、ベトナム・ロンアン省出身。ホーチミン市公安局、国会議員、最高人民裁判所長官など歴任。2016年、ベトナム共産党政治局員となり現職。

(※3)日越共同イニシアティブ
ベトナムの投資環境を改善し、外国投資を拡大することを通じてベトナムの産業競争力を高めることを目的に2003年4月、日越両国首脳の合意によって設置された。ベトナムが投資環境を改善するために実施すべき内容を「行動計画」として日越両国で取りまとめ、約2年を1サイクルとして取り組み、実施後の進ちょく評価を日越両国で行うシステム。進ちょく評価を「◎(実施済み)」「○(予定通り)」「△(遅延)」「×(実施せず)」の4段階とするなどユニークな取り組みが話題となった。

【荒川研の補充解説】

 

IT人材の活躍がカギ

グエン朝の封建主義体制でフランスの植民地であったベトナムが、反封建・反帝国主義の戦いから、本源的蓄積のないまま、米国に戦勝後、南北統一し社会主義国として建国した。その後の停滞した経済の状況からドイモイ政策の採用で経済はテイクオフした。北朝鮮の金委員長が目指すものだということは間違いない。
ただ、ベトナムにはこれといった重工業がなく、基幹産業もないまま、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)時代に突入していくこととなった。原油を埋蔵保有するべトナムがその開発と石油コンビナートをどのように建設していくか、IT(情報技術)の得意な若いベトナム人がどのような活躍をみせるのかが、べトナムの将来を担う大事なキーとなろう。

 

■荒川研氏の略歴

 

荒川氏PAK COACH 株式会社 代表取締役
1949年生まれ、東京都出身。慶応大学文学研究科修士修了。長年、三菱商事のベトナム担当、ハノイ事務所副所長を経て、ジェトロのハノイセンターで海外投資アドバイザーなどを歴任。2010年2月に公募により独立行政法人北方領土問題対策協会専務理事、同理事長。北海道根室市のサンマをベトナムに輸出するためのプロジェクトを支援した。