ミャンマー最高裁判所は4月23日、イスラム系少数民族ロヒンギャへの迫害問題の取材に関連して国家機密機法違反で禁固刑7年の判決を受けたロイター通信記者2人の上告を棄却した。

米国務省は直ちに「極めて遺憾」との声明を発表した。国民民主連盟(NLD)による文民政権発足から4年目に入った矢先の判決は、世界からミャンマーの「自由と民主主義」に疑いの目が注がれ、同党を率いるアウンサンスーチー国家顧問兼外相への失望感が深まるのは必至だ。

こうした中で、トランプ米大統領は3月8日、ミャンマーに詳しい弁護士で外交官のケリー・エッケルズ・カリー氏を世界女性問題担当大使・国連女性の地位委員会代表に指名した。カリー氏は国連経済社会理事会代表として昨年末に辞任したニッキー・ヘイリー米国連大使の右腕として活躍した女性だ。国連の要職を長く務めるカリー氏への米政府の信頼は厚い。難局に向かうミャンマーの人権情勢を改善につなげられるか。

■国連の「申し子」

及川コラム5月
国連安全保障理事会で演説するカリー米代表=2018年2月、米国務省ホームページから

「私はジョージア州南部の片田舎で育ちましたが、高校のときには模擬国連プログラムの参加に熱中しました。よもや私が国際連合でこの偉大な国を代表すると指名することなど夢にも思いませんでした」。国連経済社会理事会の米代表に指名されたカリー氏は上院外交委員会での公聴会でこう語った。ミャンマー西部ラカイン州でイスラム教徒少数民族ロヒンギャの武装勢力とミャンマーの治安部隊が衝突するほぼ1カ月前の2017年7月のことだ。

「今日、普遍的な人権の価値観は、表現の自由や結社の自由、宗教の自由の理想を脅威と感じる独裁政権からの攻撃にさらされている。統治意思の合意よりも恐怖や抑圧で支配しようとする体制は自国民であれ他国民であれ、常に基本的な自由を抑制しようとしている。不幸にも、こうした体制は本来なら最も弱い人たちを保護すべき国連を隠れ蓑にしている。これを変革しなければならない」。カリー氏は決意を繰り返し、「人権」と「平和と安全」の擁護者になると強調した。

カリー氏はジョージア大学卒業後、名門ジョージタウン大学法学センターで法学位を取得。1995年~99年、共和党のジョン・ポーター下院議員(イリノイ州)の政策アドバイザーとして働いた後、ブッシュ父政権でポーラ・ドブリアンスキー国務次官(民主主義・グローバル問題担当)の政策アドバイザーとしてアジア政策に関わった。また、国際赤十字委員会の上級アドバイザーやインタナショナル・リパブリカン・インスティチュートの副所長などを歴任している。

ミャンマーに深く関わったのが、17年に国連に転出する直前まで上級フェローとして所属したアジア専門のシンクタンク「Project 2049 Institute」での活動だ。「Burma Transition Initiative」を立ち上げ、ミャンマーの民主化推進を後押しするプロジェクトを進めた。アジアの民主化や統治の展望を提案する08年創設の保守系シンクタンクで、最高経営責任者(CEO)のランダル・シュライバー氏は現在、アジア太平洋担当の国防次官補を務めている。

■ロヒンギャ批判の急先鋒に

国連総会で人権問題を扱う第3委員会がミャンマーのロヒンギャの迫害を非難する決議を賛成多数で採択したのは17年11月16日だった。ミャンマー政府に、ロヒンギャへの組織的な人権侵害を主導した軍事作戦を終わらせ、国連や国際機関の人道支援を行き渡らせるよう求めた。賛成は135カ国で、中国やロシア、シリアなど10カ国が反対。日本を含む26カ国は棄権した。決議案はイスラム協力機構(OIC)が提出し、米英仏なども共同提案国となった。

この決議を主導したのが、国連経済社会理事会の米国代表に就任したばかりのカリー氏だった。隣国バングラデシュに逃れたロヒンギャ難民は70万人以上に上り、国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウオッチはロヒンギャの女性や少女へのレイプが繰り広げられたと発表していた。採択にあたってカリー氏は「恐ろしい虐待を目の当たりにして黙ってはいられない」と米国を代表して声明を出した。

声明では、「米国はミャンマー当局に対し、ビルマ全土、とりわけラカイン州の住民の権利を尊重し、国連の活動を制約せず、人道支援やメディアのアクセスを提供し、すべての避難民が安全かつ自発的に故郷に帰還できるようあらゆる手段を尽くすよう求める」と主張し、「米国はロヒンギャやほかの少数派に対する非寛容や嫌悪の空気を警戒しており、過激な手段とは異なる方法を促進するよう当局に求める」と強い調子でミャンマー当局に迫った。

人道問題に長く携わってきたカリー氏のミャンマーに対するいら立ちはこの後も募るばかりだった18年7月のワシントンにあるヘリテージ財団でのシンポジウムでは、「この70年、世界はルワンダやボスニア、ダルフールなどで起きたことを二度と起こさないと繰り返し言ってきたが、悲しい皮肉でしかない」と語り、「2017年8月と9月にわたしたちは週を追って惨劇が起こるのを目の当たりにした」と述べ、早期の帰還を重ねて求めた。

■対中強硬姿勢で頭角現す

徹底したカリー氏の人道主義の矛先は中国にも向かった。Project 2049では反体制派やジャーナリストへの取り締まり強化を進める胡錦涛指導部を批判するレポートを発信し続け、これに対峙しないとして当時のオバマ政権(民主党)も糾弾した。18年、国連本部のビルで起きたちょっとした騒動が、カリー氏のそうした側面を物語っている。今年3月28日に米外交専門メディア「フォーリン・ポリシー」が報じた記事から紹介したい。

この年の春、中国の外交官が国連本部に入ろうとする著名なウイグル人活動家ドルクン・アイサ氏をテロリストだとして入館を阻止するよう国連職員をけしかけていた。それを知ったカリー氏はアイサ氏を入り口に連れていき、アイサ氏が希望する先住民会議に参加できるよう入館させようとした。しかし、職員が阻んだため、ヘイリー大使に連絡し、グテレス事務総長に談判するよう求め、事務総長は1日限りの許可証の発行を認めたという。

カリー氏はこの後、中国を含む元外交官の集まりで次のように述べたと、フォーリン・ポリシーは続ける。「もしアイサ氏が本当のテロリストだったらというが、(そうだとしたら)米国が彼をこの国に招き、旅行を自由にさせると本気で思いますか? 冗談じゃない!」。こうしたカリー氏の毅然とした態度は、米国の利益を強く主張する人物として同僚からも尊敬されているが、同時に「原則に立つことを恐れず、短期で外交的なけんかを吹っ掛ける」という同僚の分析もある。

新たに指名された国連女性の地位委員会は1946年、国連経済社会理事会の機能委員会として設置され、政治・市民・社会・教育分野等における女性の地位向上に関し勧告する役割がある。ロヒンギャ問題では女性への性的虐待などが報告されており、こうした問題に取り組む。ただし、米メディアは、女性蔑視発言をいとわず、中国をはじめ人権問題にあまり関心を寄せないとされるトランプ米大統領のもとで、どこまでこうした信念を貫けるかという見立てもあり、今後、真価が問われそうだ。

 

及川Pおいかわ・まさや 1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員