遺族取材 バンコク・西脇真一

バンコク西脇

4月21日朝、スリランカ最大の都市コロンボなどの教会や高級ホテルで同時多発の爆弾テロが起き、日本人を含む多数が死傷した。夜便でバンコクをたち、ニューデリーの同僚と空港で合流してコロンボ市内に入った。翌朝、巻き込まれた日本人を捜そうと、病院を回った。

「May I help you?」。ある病院でうろうろしていると、医師だという男性に声をかけられた。「搬送された日本人に会いたい」と言い、身分を明かしても「ついて来い」。院内どころか転院先までも一緒に捜してくれた。たどり着いた病室をノックすると、男性がベッドにいた。顔は青白いが言葉はしっかりしていた。頭を切ったようだった。「申し訳ないが会社を通してください」。東京の本社広報から、取材許可は得られなかった。

別の病院で、幹部から亡くなった日本人の話を聞いた。「遺体安置所で待っていれば、夜には家族も来るだろう」。そう言われ、行ってみた。出稿を終えた同僚を呼び出し、人けのない安置所で待った。午後7時過ぎ、1人がやって来て当局者と話し込んでいた。現地の日本大使館員だった。人に助けられながら、ここにたどり着いたことを話すと「スリランカはそういう優しい所なんですよ」とポツリ。だが、やはり「お願いする立場でしかないが、お引き取り願えないか」。本人に断られたわけではない。一方、館員の口ぶりから、家族も取材を嫌がっている様子がうかがえた。迷ったが、夜間外出禁止令も出ており、それ以上はあきらめた。結局、滞在中に日本人被害関係者から話は聞けなかった。

事件・事故、災害の遺族や被害者の取材は、現場にいれば逃れられない。多数の死者が出た事故で、負傷者を病院で囲んだ際、逆に「仲間は無事ですか」と尋ねられ、皆で言葉に窮したことがある。悲しみ、傷ついた人と向き合うのは、こちらもつらい。それでも足を向けるのは、亡くなった人の気持ちや人物像、現場のことなどをよく知ると思うからだ。突然命を奪われた人の生きた証しにもなる。そう信じてきたが、最近の遺族や関係者取材への批判の高まりを見ると、独りよがりなのかとの思いも浮かぶ。そんなことも考えさせられた出張だった。(アジア総局 2019年6月)