誤っていた大筋合意――「失速」した平和条約交渉 モスクワ・大前 仁

モスクワ大前プーチン露大統領が今年6月に訪日した際、日露平和条約を「大筋合意」に導けるのではないだろうか。日本国内では年明け辺りまで、希望的観測が広がった。しかしプーチン氏訪日を2カ月半前に控えた4月上旬、官邸からは「大筋合意を断念した」との発言が漏れてきた。
交渉責任者の河野太郎外相は5月中旬にモスクワを訪れ、ラブロフ露外相と協議したが、前向きな発言は聞かれなかった。

日露首脳は昨年11月の会談で、「平和条約を結んだ後に歯舞群島と色丹島を引き渡す」と明記した「日ソ共同宣言」(1956年)を基礎として、条約交渉を加速させることで一致した。日本国内では交渉の土台を「二島返還」に引き下げたことにより、ロシアも迅速に返還に応じるだろうとの認識が広がった。これが「大筋合意」への期待を生み出したのだが、そもそもの認識が誤っていた。

20190510日露外相会談
河野太郎外相(手前右端)との会談に臨むラブロフ露外相(向かい側左端)=モスクワで2019年5月10日、大前仁撮影

首脳会談の翌日、プーチン氏自身が「二島返還」について「どのような基準が設けられて、どちらの主権になるのかが記されていない」とクギを差した。その後もラブロフ氏が北方四島について「第二次大戦の結果、ロシア領になったことを認めるべきだ」と繰り返した。ロシアとしてはハードルの高さを伝えてきたのだが、日本国内ではラブロフ氏を強硬派とみなすことにより、希望的観測にしがみつく向きが強かった。

日本側の失敗の一つは官邸が主導し「6月の大筋合意」という認識を広めたことだ。対日問題を扱うロシア外交官ですら「大筋合意が何を意味するのか分からない」と首をかしげ、「6月までに大筋合意に至るのは難しいだろう」と言い切っていた。今回の平和条約交渉の「失速」については、日本側が当初から相手の意図を読み誤り、失態をさらしたのだが実情だろう。

一方でロシアと日本が条約交渉のテーブルに着き、協議の枠組み自体は生み出された。この後の安倍政権は平和条約交渉に粘り強く当たるのだろうか。それとも2021年9月までの政権任期内で条約締結を諦め、協議も空洞化していくのだろうか。現時点では後者が選ばれるような空気が漂っている。(モスクワ支局 2019年6月)