毎日アジアビジネス研究所開設記念

樋口建史・駐ミャンマー大使に聞く

樋口建史大使2

 

 

ミャンマーでアウンサンスーチー国家(最高)顧問が政権運営を担って一年半が経過した。国家の重要政策をめぐり政府の明確な方針が示されないなど、テインセイン前政権時代に比べ、民主化改革の行方に不透明感も拭えない。スーチー政権に対する評価やこの国の方向性などについて、樋口建史(ひぐち・たてし)・駐ミャンマー日本大使に聞いた。(春日孝之)

 

スーチー政権はなぜ「不透明」なのか?

 

――2016年3月に事実上のスーチー政権が発足して以降の「民主化」の方向性をどう見ますか。スーチー氏は滅多に、記者会見をしないし演説もしない。彼女が何をどう考え、どうしようとしているのか、国家政策の肝心な部分についても、なかなか見えません。

 

樋口大使 スーチー氏はミャンマーの最高指導者で、最高権威、カリスマでもある。彼女が腕まくりをして指揮棒を振れば物事は動く、という場面がないわけではないが、あえてしない。それは、非常に慎重だからだと思う。彼女は(民主化闘争時代から)二十数年、辛酸をなめつくしてきた。自分が政権を担う最高責任者の立場となり、さてどう進めていくかという時に、自分が何か言った時の反響の大きさなどを、恐らく知り尽くしている。(政治の)怖さ、難しさも知っている。

 

――テインセイン政権時代、政策決定は集団指導的でしたが、スーチー政権の場合、それが見えにくい。重要政策について、スーチーさんが耳を傾けている相手は内閣なのかシンクタンクなのか、あるいはウィンテイン(Win Thein)氏といったNLD(国民民主連盟)の重鎮なのか、これについてはいかがですか。

 

樋口大使 政権内部の政策決定のプロセスは分からない。それはミャンマーに限らず、どこの国でもそうだと思う。ミャンマーだけが特異でミステリアスな国ではない。ただ経済分野に関しては、ウィンテイン氏が政策について司令塔的な立場にあるとは思わない。内閣があり、そこには計画・財務相も商業相も建設相も運輸相もいる。また、別に経済委員会があり、経済案件の中ですべてではないが、委員会を通過したものは閣議に上がり、閣議で調整が行われている。

 

この一年余り、(経済分野での政策決定は)計画・財務相が中心だ。テインセイン前政権との比較で言うと、当時は大統領府相が6人いて、その中のソーテイン(Soe Thein)氏が実務の調整機能を果たしていた。

 

NLD政権は、経済自由化を通じた社会発展を目指す前政権の方針を引き継いでいる。昨年にはスーチー国家顧問の強い意向も受けて新投資法が成立し、施行規則も順次発表され本格運用に入っている。社会インフラについても、最大都市ヤンゴンのピョーミンテイン(Phyo Min Thein)地域首相の主導で、日本大使館・国際協力機構(JICA)が全面支援してヤンゴン都市開発・都市交通マスタープランを改訂し、今後はこれに沿った開発が進むと期待される。

 

外国企業はスーチー政権とどう向き合うべきか

 

――ただやはり、政策や施策は見えにくい。

 

樋口大使 施策の点で具体的なスケジュールが示されれば、外国企業を含めて投資判断もしやすい。その点がこれまで必ずしも明確ではなかった。それはミャンマー政府自身も分かっている。ただマクロの数字で見れば、この国の経済成長率は6~7%で順調に伸びている。NLD政権発足後の半年間は前年の洪水の影響もあり、成長率が5%台だったようだが、年度後半には前政権期と同程度の成長率に戻ったと思われる。

 

NLD政権への期待が高かっただけに、内外の経済関係者の中には経済政策のもたつきを指摘する声もあるが、決して、経済自由化に逆行する政策を取っているわけではない。一年半は過ぎたが、五年満期の政権であり、間違った方向に進んできたわけではないし、後退もしていない。今後は必ず、そのあたりは改善していくはずだ。今を断罪してバッサリ、というのは妥当ではない。

 

――外国企業としては、中長期の政府目標が明確になれば、動き方も変わってくると思いますが。

 

樋口大使 何を明確にしてほしいかというと、一つは電力、つまり電源開発だ。3年先、10年先の信頼できる計画が示されることが望まれている。先日、電力エネルギー相を兼務したばかりのウィンカイン(Win Khaing)建設相と会った。建設相として精力的で極めて有能な大臣だが、彼が電力エネルギー政策も担うことになった。彼は、ミャンマーに外国企業を呼び込むうえで電源開発が重要だということを十分に承知していた。希望が持てると思っている。

 

スーチー政権は「石炭火力」を認めるのか

 

――ミャンマーの電源開発については、スーチー氏が「石炭火力」を認めるのか認めないのか、極めて重要ですが、相変わらず意思表示をしていません。

 

樋口大使 電力エネルギーについては、重要課題である電力料金の値上げや石炭火力の活用などについて政権内で真剣な議論が行われている。だが実際、スーチー氏の発言は非常に慎重だ。彼女とは政権の座に就く前から定期的にいろんなテーマで意見交換をしてきた。その中で、石炭火力については確かに消極的だった。

 

ただ、JICAの電力マスタープランの需要見通しによると、ミャンマーの経済成長が今のペースで進んだ時、2020年には5400メガワットの電力が必要になる。それに供給をミートさせていかないといけない。今は電力源の7割は水力だが、水力でも新規に開発するとなれば環境負荷が大きい。あとは天然ガスと石炭があるが、石炭はほとんどないに等しい。

 

天然ガスについては、他に有効な外貨獲得手段がない中で中国などに売っているので、国内ではなかなか使えない。そういう状況下、7、8年後の2025年ごろには新たな深海の鉱区が出るのではないか、といった予測もあるが、深海に一本掘削をすれば何百億円か、あるいは一千億円超の資金が必要になる。だから現在と将来の市況予測を判断し、掘り出すかどうかを決めることになる。

 

政権の座に就いたスーチー氏にはそういった情報が上がっており、さまざまな状況、情勢を勘案してベストミックスを見出す必要がある。だから、クリーンコールというのも選択肢の一つだという認識があるのではないか。

 

――スーチー氏と議論を交わして、どこまで前向きな話を聞いていますか。

 

樋口大使 オープンな場での議論ではないので、そこは差し控えたい。ただ、風力や太陽光も含め、電源開発についてはあらゆる機会を通して議論している。資料で説明したり、提言したりしている。少なくとも、議論すらしないという状況ではない。将来の予測需要に供給をどうミートさせていくかは、現実実務の問題だ。

 

現状で電力が不足している理由はいくつもある。一つは天然ガスの発電所に発電用のガスが十分供給されていないこと、タービンそのものが故障して十分に機能していないこと、長い送電線がくたくたで送電ロスが25%もあること、都市部までようやく送電してきても、その先の配電網や変電所に問題がある場合もある。

 

だからこそ、新規の電源開発をしなければ今後の需要の伸びにミートさせられない、ということだ。いろんな問題を手当しながら、新規の電源開発をする必要がある。そこでどんな電源があるかと言えば、水力であり、天然ガスであり、それからクリーンコールもありなのかと。スーチー氏にも、ベストミックスを追求すべきだという考えはできているはずだ。クリーンコールを検討すること自体がダメという状況ではないと思う。

 

スーチー政権は「石炭火力」導入になぜ消極的か

 

――スーチーさんが慎重なのはなぜだと考えますか。

 

樋口大使 ミャンマーで環境問題についての問題意識は、NGOの活動を含めてすでに国際水準にある。この国でクリーンコールを進める場合、周辺住民の立ち退き問題や環境への対策は重要だが、それだけでは十分ではない。国民の不安を鎮める必要がある。世論の納得を得ないといけない。スーチー氏はそこを認識しているからこそ「慎重に」と考えていると思う。ミャンマー国内の世論が納得し、信頼し、不安が鎮まるということでないと、決断できないのだろう。

 

――水力はクリーン・エネルギーですが、中国国営企業とミャンマーの大手企業が合弁で計画したミッソンダム・プロジェクトが停止したままです。テインセイン前大統領が「一時停止」を発表し、「民主化改革の象徴」として国民の快哉を浴びました。これをクリーン・エネルギーだからとスーチー氏が「再開」させるのは、国民の反中感情を考えれば政治的リスクが大きいです。

 

樋口大使 「中国との関係」ということだが、「イエスかノー」の対応とは別の道を模索しているのではないか。ミッソンは「河が出会う」という意味で、そこから母なる大河イラワジが始まる。私もミッソンの現場を見たが、そこに巨大ダムを作った場合、イラワジ水系の水利用全体に関わるので、新政権はイラワジ水系の活用に関する委員会を設けた。中国側もミッソン計画が実現するとは思っていないのではないか。

 

「エネルギー」の次は「運輸インフラ」

 

――エネルギー分野の発展は日本企業にとって大きなビジネスチャンスにつながります。

 

樋口大使 その通り。製造企業が進出する場合、まず考慮すべきは電力だ。次に運輸インフラがある。運輸インフラについて触れると、ミャンマーには有能な建設相の下で計画が着々と進んできた。建設省は道路と橋梁の建設を担う。

 

例えば、日本はティラワ経済特区を核にミャンマー全体の発展につなげていこうというのが基本戦略の一つ。その時に物流で考えると、ティラワの港湾整備を進める一方で、タイ側のメソトから国境を越えてミャンマー側のミヤワディに至り、ミヤワディからヤンゴンまで四百数十キロの東西経済回廊も重要になってくる。私はこの回廊を三回走ったが、まず、40フィート(約12メートル)のコンテナトラックが安定的に走行できるよう整備する必要がある。そして回廊上に架かる三つの橋がトラックの重量に耐えられなければならない。

 

橋に関しては、円借款で架け替える。また、現状で安定的な走行ができない六十数キロの区間についてはアジア開発銀行(ADB)の借款で整備する。道路整備については中国企業が落札し、工事が始まっている。架橋が終われば、東西経済回廊を使える。通関に関しても、コンピューターシステム化して通関事務を効率化しようと無償案件で支援している。昨年11月には端末をミヤワディの国境に置いた。

 

次に、官民共同の日緬共同イニシアティブに触れたい。計画・財務相と私が共同議長を務め、昨年度中に全体会合を3回開催し、全体会合の下に5つのワーキンググループを設けている。日本企業もミャンマー政府もミャンマー商工会議所連合会(UMFCCI)も参加しており、通関、輸出入、税金、金融などさまざまな問題について議論し、解決を図っていく。事業環境を整えていく。投資環境の整備と拡大は共同イニシアティブで進めるが、話を戻すと、議論の余地なく進めていかないといけないのが電源開発だ。

 

ハンタワディ新国際空港建設の行方は

 

--ハンタワディ新国際空港の行方はどう見ていますか。

 

樋口大使 ハンタワディ空港について最大の課題は、拡張がどんどん進んでいるヤンゴン空港との区分けをどう図るかだ。ミャンマー政府が明確に方針を示すことが重要だ。

 

――やることはやるのですか。

 

樋口大使 ミャンマー運輸省は「やる」という方針を明確に持っている。担当の民間航空局(DCA)もそうだ。ただ非常に大きな案件なので、運輸省だけでなく、内閣そのものが明確に方針を決める必要がある。運営委員会が出来ていて、そのトップはヘンリーバンティオ(Henry Van Thio)副大統領。建設省や計画・財務省の協力が必要だし、役所間の調整もしないといけない。新空港を造った場合、最大都市ヤンゴンとのアクセスをどうするか、ということも重要だ。実際に政府としての明確な方針が示されることが重要だ。内閣全体の意思決定として、示されるべき時期に来ている。

 

―-ただ閣内に異論があるようです。

 

樋口大使 ハンタワディ空港の建設に伴ってヤンゴン空港とのアクセスがどうしても必要になる。選択肢としては道路も鉄道もある。問題は、一号線をそのまま使って枝を伸ばすだけにするのか、鉄道も枝を伸ばすのか、新線なのか、さらにヤンゴンのダウンタウンへのアクセスをどうするのか、解決すべき課題があまりに多く、単純な話ではない。

 

経済特区の将来性をどう見るか

 

――ティラワ経済特区の現状と将来性をどう見ていますか。

 

樋口大使 すでにゾーンBの造成が開始されており、予約契約の締結済み企業は84社、操業開始済み企業は34社(いずれも7月14日時点)で、NLD政権発足後も順調に増加している。さらに、操業を始めた企業が追加投資と新規雇用拡大を決める事例や、ティラワ経済特区外の地場企業からの調達を開始する事例など、周辺地域への波及効果も現れている。

 

日本政府は引き続き、日緬官民連携の下、ティラワ経済特区の開発を進めるだけでなく、ティラワ経済特区を中心としたヤンゴン地域の産業発展、その先のミャンマー全体の経済発展を実現する取り組みを進めるつもりだ。

 

具体的には、ティラワ経済特区の入居企業がミャンマー地場企業との取引を拡大できるような支援策、地元大学からの雇用を促す寄付講座やジョブマッチング、ティラワ経済特区からヤンゴン市内を迂回して東西経済回廊と連結させるヤンゴン外環状道路の整備などを支援すべく具体的に検討している。

 

――ティラワ以外の二つの経済特区、ダウェー(ダウェイ)とチヤオピューについての現状と将来性を概観して下さい。

 

樋口大使 両経済特区については、NLD政権が昨年10月に新たにそれぞれ管理委員会を任命し、本格的な議論を開始したと承知している。ダウェー経済特区について、日本政府としては、前政権当時に本格事業への関心を表明し、ミャンマーおよびタイ政府と本格事業の方向性について議論を行うと同時に、ミャンマー政府の要請を受けてJICAによる情報収集調査を開始したところだ。

 

ミャンマー政府はダウェー開発を「地方開発の一つ」と位置付けている。タイも日本も経済界はダウェーを地政学的に重要な場所だと捉えているが、ミャンマー政府はタニンダーリ地方の中での地方開発と認識しており、温度差がある。JICAはミャンマー政府の要請を受けて、モン州などを含めたこの地方全体の開発について調査をすることになっている。調査項目は三つで、地域開発全般と深海港、電源開発についての調査だ。

 

ダウェーへのアクセスは、まずタイのバンコクからミャンマー国境までが二百数十キロ。国境の峠を越えてダウェーまでは東西ほぼ真っすぐで150キロの距離にある。地域全体で見た時の戦略的な価値は多分にある。マラッカ海峡を通らずにそのまま抜けられる。その場合にその道路をどうするか。道路整備については150億円から200億円かかり、タイのソフトローンを借りるという方針が最近表明されたが、ミャンマー政府の意思決定機関の承認はまだ得ていない。今は上下併せて2車線。ただ、コンテナトラックが安定的に通行できる道ではないので、拡幅するか、車道を滑らかにする必要がある。

 

ダウェー経済特区の面積は広大で、電源開発が不可欠だ。水はレザボー(貯水湖)があるから、そこから引いて水力発電ができるかもしれない。ただ、問題は深海港。これは基本的にはミャンマー政府が借款を背負って整備する必要があり、テインセイン前政権時代からの課題だ。

 

――つまりダウェーに対する優先順位は低いと。

 

樋口大使 GDP(国内総生産)に対する対外債務の比率は国家財政的に40%を超えると危険水域とされるが、ミャンマーの場合、まだ25、6%だったと思う。しかし虎の子の借款をどう活用するかとなると、事業費1000億円を超える深海港につぎこむべきか熟慮を要する。ダウェーの問題が進まないのは、ダウェーのミャンマー政府における位置づけの問題がある。大きな経済拠点としてのダウェー経済特区なのか、地方開発の中での経済特区なのかで大きく異なる。果たして借款を背負う覚悟があるかどうか。

 

タイ側から伸びる道路の整備などを含め、電源など一連の開発にかかるコストを考えれば、日本政府にとってもタイ政府にとってもミャンマー政府にとっても、現実性がどこまであるかと。タイ政府は日本がどこまでやる腹があるのか、もどかしさも感じているようだ。最初のフェイズに関してはタイ企業のイタルタイ社が開発権を持っている。

 

日本は開発全体について、ミャンマーやタイと協力して進めていこうと、一昨年夏にメコンの首脳会議が開かれた際に迎賓館で調印した。開発の根幹を支えるインフラ整備はミャンマーの国土なので、やはりミャンマー政府が借款でやる、という覚悟が必要だ。そうしたことを抜きに、全部ビジネスで対応を、と求められても難しいだろう。

 

日本企業にとっての有望セクターは?

 

――スーチー政権発足後、日本を含む海外企業のミャンマー進出の動きに何か変化はありますか。

 

樋口大使 外国投資の認可は堅調に伸びており、2016年度は目標額の60億ドルを上回る66.5億ドルだった。15年度に比べて減少したとの指摘もあるが、14、15年度は2013年ごろに売却した石油ガス鉱区の権益に関係した石油ガス分野の投資が半分近くを占めており、この分がなくなったのは自然なことだ。

 

逆に、石油ガス分野を除いた14、15年度の投資認可額との比較ではスーチー政権になった16年度は大きく伸びている。16年度の特徴としては、運輸通信分野が約30億ドルに上って全体の中でシェアを高め、電力分野が10億ドル近くまで増えたことが挙げられる。ティラワ経済特区への投資認可はこれらの数字の外数なので、これを含めると製造業への投資も伸びていると考えられる。

 

――日本企業のミャンマーへの進出・投資において、短期的、中・長期的に有望なセクターは何でしょうか。私は最近、日本の葬儀会社から「需要はありますか?」「進出を検討する余地はありますか?」と尋ねられました。ミャンマーで過ごした肌感覚で「こんな分野・業種は面白い」という私見があれば。

 

樋口大使 外需向けでは、やはり労働集約型産業が中心だが、これまで多かった縫製業だけでなく、食品加工、金属加工、電子部品、車両組立などの製造業や、システム関係のアウトソースを受ける企業なども出てきている。

 

また、私が最近視察したある電子部品工場は、当地で約20年活動しているが、現在の委託加工から、より自立的な企画経営も行う工場にアップグレードする検討を始めたそうだ。カメラ三脚のニッチトップの中小企業は、ティラワ工場で当初から地場調達率9割を実現している。

 

内需向けでは、建築資材・肥料などの消費立地型産業や、電力・運輸・通信などのインフラ開発に関係する産業の進出が見られる。さらにヤンゴンで花開きつつある消費市場において、ブランドを確立しようとする食品・消費財関連の進出が加速している。この分野では初期段階でいかに早く強くブランドを認知させるかが鍵であり、今後、ドラマ・音楽などのコンテンツや文化イベントともタイアップし、ジャパンブランドとして浸透を図るような戦略的な仕掛けを期待している。

 

なお葬儀については、過去に冠婚葬祭互助会が視察に来たこともあるが、死生観の違いからくる葬儀文化の相違もあり、慎重な調査、検討が必要な分野と聞いている。

 

スーチー政権は「民主化」に逆行?

 

――さて、スーチー政権の方向性についてはどんな印象がありますか。メディア規制などをめぐり、「民主化の流れに逆行しているのでは」との指摘も出ています。

 

樋口大使 NLD政権が発足して1年半になるが、人々が新聞を読み、携帯電話を使い、そしてソーシャルメディアも凄まじい勢いで普及した。まさに「民主化の進展」の結果だ。いろいろな見方があり得ると思うが、「民主化」は確実に根を下ろしていると感じる。大多数の国民に選ばれた新しい政権が誕生したことで、この方向性はさらに高まり、不可逆なものになったと感じる。

 

電気通信法第66条や非合法組織法第177条1項などが、メディアやソーシャルメデイアにおける表現の自由を制限しているという指摘があるのは確かだ。しかし、通信法については改正法案がすでに議会へ提出されており、今後審議が行われる予定だと聞く。いずれにせよ、現政権はこうした問題に一つ一つに向き合っているし、その方向性は決して間違った方向に進んでいるわけではない。そのように努力するミャンマーを日本は官民を挙げて支援していく方針だ。

 

――民主化の方向性について、もう一つ気になるのは、スーチー政権の政策決定のあり方です。野党時代のスーチー氏はテインセイン前政権に対し、再三「透明性を図れ」と求めてきた経緯があります。

 

樋口大使 スーチー国家顧問は国家顧問府に報道委員会を設置するなど、ラカイン情勢や和平プロセスなどについて透明性を高めようと努力していることは間違いない。一方、ラカイン北部やカチン州、シャン州など内戦の戦闘地域に関する情報は国軍や警察に頼らざるを得ないのも事実であり、スーチー政権としても国軍との協力関係を構築しつつ、透明性の確保に奮闘しているように感じる。こうした観点からも、スーチー政権と国軍との関係構築は極めて重要だ。

 

スーチー政権と国軍の関係をどう見るか

 

――スーチー氏の国軍への姿勢をどう評価しますか。また、国軍のスーチー氏またはスーチー政権に対する姿勢はいかがですか。ミンアウンフライン最高司令官はスーチー氏の政権運営をどう見ていると思いますか。

 

樋口大使 先の総選挙後、新政権にとって重要な課題として、私は「円滑な政権委譲」「総選挙で示された国民の高い期待への対応」、そして「国軍との関係」の3つを指摘した。新政権と国軍との関係、特にスーチー氏と国軍の関係については、スーチー氏は「国民和解」という基本方針を徹底しており、国軍との関係を重視していることがうかがわれる。ミンアウンフライン最高司令官もNLD政権と全面的に協力する姿勢を示している。

 

ウィンテインNLD中央執行委員が政権発足1年の際に述べているように、スーチー氏と最高司令官との間で、現在まで大きな問題が生じている様子はない。むしろ双方が歩み寄ろうと努力する姿勢がうかがえる。最高司令官がスーチー氏の政権運営をどう見ているか、その詳細は明らかではないが、最高司令官は国家および国民のための国軍であることを誇りに思っており、そのために引き続きNLD政権と協力していくと思う。

 

――国軍に関しては、メディアの人間を拘束したりして、「民主化に逆行している」との指摘が出ています。

 

樋口大使 結論から言うと、ミンアウンフライン国軍最高司令官とは3年数カ月前から何度となく、いろんな機会に会ってきた。広い視野を持って将来の国のあり方について考えている立派な指導者だと感じている。

 

先の総選挙は、内外の監視団を受け入れて公正で公平な選挙が行われたが、選挙後に最高司令官と会った時、ホッとした様子で非常に明るかった。「選挙結果をどう受け止めているか」と聞くと、「国軍としても、公平で公正、国際的にも評価される選挙が行われるべきだと考えていた」と明確に述べていた。表情が明るかったのは、民主的な社会、民主的な国づくりを目指すという方向性において立派な選挙ができたということだろう。

 

今に至るも、ミンアウンフライン最高司令官率いる国軍にブレはないと思う。民主的な方向を目指すに当たって、アウンサンスーチー国家顧問との間で考え方に齟齬はないし、全面的に協力する、という方針においても変化はない。

 

一方で、非合法組織法とか憲法第66条(大統領または副大統領はこの法律およびその他の法律によって与えられた任務および権限を行使する)といった「現行法」に基づき、国軍が個別の事案に関わるいくつかの問題が生じている。一例として、将来のミャンマーを背負って立つ一人だと嘱望されるピョーミンテイン・ヤンゴン地域首相が国軍と民主政権の関係について触れた発言がある。

 

(メディアが)ある部分を切り取り「国軍トップは、民主的な社会ではミャンマーのように高くない」という趣旨の発言があったと伝えられた。国軍が敏感に反応し、いくつかのやり取りの後、地域首相が「私の真意はそうではなかった」と釈明する形で詫びを入れて落着したが、そうした個別の事案で見ると、そこまで神経質に発言を捉えなくてもよいのでは、というところもあるかもしれない。だからと言って、民主化の方向がブレているとか、民主政権との協力方針が変容をきたしているということではないと思う。

 

直近でミンアウンフライン最高司令官と会ったのは、第二回ピンロン会議(2017年 5月)の日の午後。その時も「安心していてほしい。着実に和平プロセスを進めていくから」と述べていた。非常にバランス感覚のある落ち着いた人だ。

 

ミンアウンフライン国軍最高司令官の人物評は?

 

――ミンアウンフライン最高司令官の人物評については同感です。ただ、なぜそこまで過敏に反応する必要があるのか疑問です。あるミャンマー人ジャーナリストは「国軍の地位が相対的に下がっており、焦りもあるのでは」と推察していました。

 

樋口大使 それは分からない。個別の事案の一つ一つが最高司令官に上がり、彼の指示でそのような措置が取られているのか、分からない。組織のシステムがどうなっているか。ただ、非合法組織法などは現行法として存在しており、国会で改正に向けた審議が行われようとしている。法的規定がある以上、規定に基づき告訴・告発が行われたとしても、そのこと自体、格別おかしなことではない。

 

ただ、先の地域首相の発言を捉えて「不適切な発言だ」と国軍が反応するのは、やや過敏なのかもしれない。しかし地域首相も「本意じゃなかった」と詫びを入れて収まったわけだ。その程度の「小さな応酬」をメディアは「もしかしたら本質的な大きな問題の兆候では」と取り上げるが、欧米でも日本でも、役所間や政党間で普通に見られるやり取りとも言える。

 

スーチー政権の「弱点」は?

 

――スーチー政権の発足に際し、政策立案の中心を担うべきNLDの人材や能力の不足が問題視されていました。この点は改善されてきたと思いますか。

 

樋口大使 スーチー氏は、NLD幹部だけなく野党関係者や在野の有識者を抜擢するなど実務的内閣を発足させた。また投資や支援にかかわる前政権の基本方針は維持し、政府テクノクラートの変更もしないとの立場で政権をスタートさせた。当初、投資委員会の発足が遅れたことなど停滞があったことは否めないが、全体的には国際社会が当初懸念したような大きな問題が起きることなく対応してきたと思う。

 

スーチー国家顧問は必要な省には副大臣を起用し、政権発足1年のスピーチで「一部の大臣は、担っている役職に適してないかもしれない。変えるべきであれば変えていく」と述べたように、今後、政権として必要に応じて内閣改造、さらなる副大臣の起用などを進め、政権運営を強化していくと期待している。

 

――かねてよりスーチー氏の「強権体質」も、内外メディアが指摘しているところです。強権的という表現は適切ですか。そうであるなら、背景には何がありますか。

 

樋口大使 スーチー国家顧問の政権運営を見ていて「強権体質」と言う指摘は当たらないと思う。一方、NLD政権はこの1年間、政府内に必要な組織を作り、政策決定の体制構築に努力してきており、その結果、逆に手続きに必要以上の時間がかかっている部分もある。しかし政権2年目からは、開発援助や和平プロセスなどを含む政府の対応において、より効率的な政権運用がなされると期待している。

 

――スーチー政権は民族、宗教問題で大きな課題を抱えています。少数民族武装組織との和平交渉もなかなか進展しません。中国国境に沿った地域の少数民族については、対中国関係を無視して進めることはできません。今後の流れをどう見通しますか。

 

樋口大使 中国国境地域に拠点を置く少数民族武装組織は、これまでの歴史的な背景から見ても、中国と深い関係があり、彼らの支配地域が中国と国境を接しているため、中国の影響を多かれ少なかれ受けているのは自然なことだと言える。日本政府としては、全国規模の停戦合意(NCA)に署名した少数民族地域の人々が1日も早く和平の果実を享受できるようにすることが、持続可能な和平の実現のために重要だと考えており、NCA署名済みの少数民族地域での復興支援を含む民生向上のための協力を全面的に進めていく。

 

ロヒンギャ問題の行方・・

 

――宗教に関しては、仏教ナショナリズムの勃興とロヒンギャ問題をどう克服していくか、極めて難しい問題です。対応を誤れば政権の不安定化はもとより、国そのものが大混乱に陥る火種を抱えています。日本の進出企業への影響も避けられないかもしれない。これらの問題をどう見、スーチー政権の対応をどう評価されていますか。

 

樋口大使 私は今年(2017年)3月末に(ラカイン州北端の)マウンドーを訪問し、国境の適正管理を含めた治安の回復・強化が問題解決には不可欠だと強く認識した。スーチー政権は、国連人権理事会で決定した事実調査団(FFM)派遣について、ミャンマーの現状に合致せず、(仏教徒ラカイン族とイスラム教徒の両)コミュニティーの融和に資するものではないと受け入れを拒否している。

 

日本政府は国連人権理事会で、ミャンマーに関する人権決議案のコンセンサスに参加したが、まずはミャンマー自身による透明性と信頼性のある調査が必要であり、事実調査団の派遣については、その上で検討されるべきだという立場を述べている。

 

ミャンマー政府は、ラカイン州の問題解決のための助言をまとめる役割を担うアナン元国連事務総長率いる特別諮問委員会(助言委員会)の中間報告書にある勧告に対しても、一つ一つ対応しようと努力している。同時に、ラカイン州全体の発展、長期的な問題解決に向けても優先課題として取り組んでいると思う。ミャンマー政府は、全体的には、国際社会からの人権侵害に対する強い批判に対処しつつ、問題解決に向けてできる限りの努力をしていると言える。

 

一方、ラカイン州北部の問題は、現時点では特定地域の問題であって、ヤンゴンなどにおける日本企業の活動に影響はないと思っている。その点があまり良く理解されておらず、日本企業関係者が、ラカイン州北部の情勢の影響がミャンマー全土に及んでいると誤解しているケースも少なくない。

 

――最後になりますが、2011年のミャンマー「民主化」以降、国軍と日本の防衛省・自衛隊の交流が活発化しました。その意義と現状を説明下さい。

 

樋口大使 現行憲法の下でミャンマーの平和と安定を考える際、国軍は引き続き重要な役割を担っている。そして、ミンアウンフライン最高司令官は、国軍が民主主義国家における軍隊としていかにあるべきか、ということを考えていると思う。さまざまな国への訪問・交流を通じて、その答えを見出そうとしていると思う。

 

現在、防衛省・自衛隊とミャンマー国軍はさまざまなレベルで交流を行っている。例えば、防衛大学校に国軍からの留学生受け入れや、航空・気象などの分野における能力構築支援などを行っている。また、日本財団の支援による国軍士官学校における日本語課程は3年目に入っている。一年コースで毎年数十名の選び抜かれた士官が受講している。

 

国防省などの重要ポストに日本語ができる人材が配置されるようになれば、双方にとって大きな意義がある。

 

国軍はヒエラルキーの明確な組織であり、最上級幹部がどのような認識を持っているかは極めて重要だ。この点、毎年、日本財団の協力で「将官招へいプログラム」を実施している。こうして日本を体験した将官の人たちがすでに内務相をはじめ、枢要ポストに就いている。

 

 

 

 

 


樋口大使略歴

1953年生まれ  愛媛県出身
1977年10月  国家公務員採用上級試験(法律)合格
1978年 3月  東京大学法学部卒業
1978年 4月  警察庁入庁
1991年 9月  警視庁公安部外事第一課長
1993年 8月  公安部公安総務課長
1994年 7月  警察庁刑事局刑事企画課外国人犯罪捜査指導官
1997年 3月  生活安全局薬物対策課長
1999年 2月  和歌山県警察本部長
2000年 8月  警察庁長官官房付(海外調査研究員)
2001年 6月  長官官房国際部国際第一課長
2003年 1月  刑事局刑事企画課長
2005年 8月  北海道警察本部長
2007年 8月  警察庁長官官房政策評価審議官兼長官官房審議官(犯罪収益対策・国際担当)
2008年 8月  警視庁警務部長
2009年 3月  警視庁副総監
2010年 1月  警察庁生活安全局長
2011年 8月  警視総監
2013年 1月  辞職
2014年 4月  特命全権大使 ミャンマー駐在