ボアン氏アジアに進出する日系企業にとって、相手国の新興企業・財閥・官僚組織を知ることはM&Aやビジネスマッチングのきっかけになるととも規制やコンプライアンスに対応するために重要である。組織のトップやキーマンはどのような人物か、何を目指しているのか、注目すべき点は何か――。その糸口を探るための新シリーズ「アジアの新興企業・財閥・官僚組織」をスタートする。1回目は、ファム・ニャット・ブオン会長(50)=写真はトイチェ紙撮影=が率いるベトナム最大のコングロマリット、ビングループを取り上げる。【毎日アジアビジネス研究所所長・清宮克良】

不動産からAI企業へ

ビングループ(本社・ハノイ)は不動産、小売り、Eコマース、商業施設、ホテル、学校・病院、自動車など数多くの事業を手がけている。巨大グループの総帥であるブオン氏は、ハノイ鉱山地質大学を卒業し、旧ソ連のロシア地質アカデミーで学び、1993年にウクライナで即席麺の食品会社を起こして後にネスレに売却。ベトナムに戻り、2001年に不動産会社を設立して事業を拡大させ、一代でコングロマリットを形成した。米経済誌フォーブスが2月16日に公表したブオン氏の資産は約8300億円で世界198位となり、ベトナム人で初めてトップ200位入りした。テト(ベトナムの旧正月で2月5日)明けのビングループの株価の時価総額は約1兆7000億円になっている。こうした成功物語から一部で「ベトナムの孫正義」と称されるが、その名声に比べて本人の露出は驚くほど少ない。

トイチェ紙で新年特集

トイチェ・ロゴそのブオン氏が毎日新聞社と提携するベトナム・トイチェ紙(本社・ホーチミン)のインタビューに答え、新年号の特集記事で紹介された。トイチェ紙のチャン・スアン・トアン編集長兼メディアセンター長は「ビングループが新しく投資する産業とテクノロジーの分野は将来、ベトナム経済にブレークスルー(それまでの障壁を打ち破る革新な解決策)をもたらすと期待される分野です。ビングループを創設し成長させたブオン氏の起業家精神は、ベトナムの人々、特に若い人々に高く評価されています」と特集記事を組んだ理由を語る。さらに、2018年のベトナム企業トップ10のうち、サムスン電子ベトナムやベトナム電力グループなどの国営企業に次いで第6位となり、ベトナム民間企業の最高位として多額の税金を納付するとともに多くの雇用を創出していることにも着目した。

グーグルの注目検索ワード

スマートフォン製造研究所会社を起こして25周年となる2018年は、ブオン氏とビングループがグーグルの注目すべき検索ワードになった記念すべき年である。パリでベトナムの国産自動車「ビンファスト」をお披露目したのをはじめ、電動バイクやスマートフォン「Vスマート」=写真はトイチェ紙、スマートフォンの製造研究所=を販売し、超高層ビル「ランドマーク81」の落成などによって、ベトナムのみならず世界の注目を集めた。トイチェ紙のインタビューでブオン氏は「自分自身が表に出ることは好まない。自分の事業に私自身を代弁させている」と語っているが、事業展開そのものがブオン氏を体現しているのだ。

現在、ビングループが最も力を注いでいるのが、エコシステムサービスを提供するソフトウェア事業であり、将来に向けてのビッグデータや人工知能(AI)の研究所である。

ブー・ハー・バン教授(数学、米エール大学)を中核に、ズオン・グエン・ブー教授(航空交通管制・AI、シンガポール・南洋理工大学)、ゴー・バオ・チャウ教授(数学、米シカゴ大学)、ファン・ズオン・ヒュー教授(暗号、仏リモージュ大学)、チャン・ズイ・チャック教授(電気工学・機械学習・AI、米ジョンズホプキンス大学)、ドー・ゴック・ミン教授(電気工学・機械学習・AI、米イリノ大アーバナシャンパーン校)、グエン・トック・クエン教授(生化学、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校)らを招聘し、科学評議員会を設立して将来への布石を打っている。

ブオン氏はビングループの威信をかけてテクノロジーに力を入れ、才能のある人を集めることができれば、さらに成功する可能性があると考えている。テクノロジーのエコシステムがある場合、成功に導くためにはAIやビッグデータに関するコアテクノロジーの研究機関が必要であり、ソフト部門がなければならないとの持論を展開する。具体的には、ビングループの評議員会が企業戦略、計画、予算、KPI(重要業績評価指数)システム、一連の標準、一般的な規制を承認し、経営陣は必要なときにだけ監督、評価、支援するというものだ。

短期間で多角化 国産自動車も

建設中の大学もともとは住宅用不動産開発(ビンホームズ)、中所得層向けの住宅用不動産開発(ビンシティ)を手がけ、コンビニエンスストア(ビンマート+)、スーパーマーケット(ビンマート)、家電量販店(ビンプロ)、Adayroi.comでのEコマース事業、ビンセンターやビンプラザなどのショッピングモール、病院(ビンメック)、学校(ビンスクール)、大学(ビンユニ)=写真はトイチェ紙、ハノイで建設中のワールドクラスの大学のイメージ図=、温室野菜など農業生産(ビンエコ)、スマートフォーン(Vスマート)などと短期間に多角化してきた­。ビンファストを生産する自動車部門は米ゼネラル・モーターズ(GM)と提携して小型車のライセンス生産にも着手している。

ビングループを不動産からAI・ビッグデータ対応型の企業グループに進化させることを目指すブオン氏はどういうバックボーンがあるのだろうか。

愛国的な新民族資本家

かつて三菱商事やJETROでベトナムを担当した荒川研氏は「父親からベトナムの歴史を勉強しろと言われ、若い頃、歴史をしっかりと学んだことに注目したい。ビングループの社是は第一が愛国心、第二が規律、第三が文化になっているが、ブオン氏の歴史的な素養がベースになっているのではないか」と指摘する。荒川氏はベトナム経済について、「社会主義という外枠の四角形の中に市場経済という円が入った形であり、円は四角形から外に出ることはない」という独自の理論を持っている。社会主義の枠からはみ出るほど巨大に見えるビングループであるが、荒川氏はその本質を「新民族資本」という造語で表現し、ブオン氏を「新民族資本家」と呼ぶ。ブオン氏の掲げる愛国心、規律、文化は、ベトナム共産党が指導する現体制を否定するものではなく、むしろ良好な関係を維持するための企業精神であるからだ。

トイチェ紙のトアン氏も、ブオン氏は「ベトナム人のより良い生活のために」と常に国の発展に関心を持つ、才能あふれる愛国的なビジネスマンであると指摘する。ビングループはベトナムをサッカー強国にするため、サッカーアカデミー「ベトナムサッカー選手才能促進ファンド」に出資し、2017年11月に最新設備を備えた新センターを北部フンイエン省にオープンさせた。ブオン氏はインタビューの最後で「現在の目標は、工業製品のブランドをひとつ手に入れることです。ヒュンダイやトヨタは手に入れることができたのに、なぜベトナムはそれができないのでしょうか。アメリカにはマイクロソフトやアップルがあるのに、なぜベトナムはそれができないのでしょうか」と述べ、世界のトップブランドになることに意欲をみせている。

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清宮克良(せいみや・かつよし)毎日アジアビジネス研究所所長

´‹{Ž—Ç  –ˆ“úV•·ŽÐ@Ž·s–ðˆõ1983年毎日新聞社に入社。水戸支局、社会部、政治部。98年に米ジョンズポプキンス大国際関係大学院(SAIS)客員研究員、その後、ワシントン特派員、政治部副部長、さいたま支局長などを経て、執行役員国際事業室長。中国、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、タイ、ロシアでフォーラムやイベントを手掛ける。2018年10月から現職。