P_B1C1_0405_124201 (2) 

小川 忠

 

跡見学園女子大学教授

国際交流基金ジャカルタ日本文化センター元所長

イスラム教と K ポップ。いまや世界人口の4分の1を占めるまでになった巨大宗教と「かっこよさ」の最先端を行く現代若者文化。出自も性質も異なる二つのソフトパワーが、東南アジアにおいてどちらが青年たちの心をつかむか、せめぎ合っている。

そんな構図にスポットライトをあてているのが、インドネシアの映像作家ダニエル・ルディ・ハイリヤントが製作中のドキュメンタリー映画「コーランとコリア」だ。公開日は未定だが、最近試作品を鑑賞し、監督にインタビューする機会があった。

この作品は「監獄と楽園」(原題:Prison & Paradise)の続編である。「監獄と楽園」は200人以上が犠牲となった2002年のバリ爆弾事件主犯イマム・サムドラやムバロクといった加害者、加害者と被害者の家族などへのインタビューで構成している。

銃殺刑に処されたイマム・サムドラが、処刑前に鉄格子の向こう側からテロの動機を語る姿などを収録しており、テロリストの心象風景に迫る貴重な映像記録だと評判になった。2011年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で日本監督協会賞を受賞している。

今回の「コーランとコリア」では、終身刑を受け今も収監されているムバロクの娘アスマが主人公である。7 年前の「監獄と楽園」ではあどけない幼女だったアスマは、思春期真っ盛りの娘に成長していた。

ムバロクの妻は世間の指弾にもめげず、イスラム教徒として取った夫の行動は正しいと強く信じている。その確信ゆえに、わが子アスマを「父のようにイスラムを深く理解し、勇敢に戦う」イスラム教徒に育って欲しいと願い、父の出身校であるイスラム寄宿舎プサントレン・アル・ムクミンに預けた。

プサントレンとは、イスラムに関する深い知識を有するキヤイ(先生)の下で若いサントリ(生徒)が寝食を共にしながら暮らす、インドネシア独特の伝統的な寄宿舎教育機関である。

インドネシアでは1970年代以降、国民の9割を占めるイスラム教徒の間で宗教意識が再活性化する「イスラム復興」「イスラム化」が顕著になる中で、プサントレンも増え続けてきた。宗教省統計によれば2012年時点で約3万のプサントレンが存在し、387万人が学んでいる。国民教育の一翼を担う制度であるといえよう。

大半のプサントレンは社会の現実とのバランスがとれた穏健な教育を施している。その中で、「コーランとコリア」の舞台となったプサントレン・アル・ムクミンは過激分子を輩出し、あまたのプサントレンの中でもかなり特異な存在だ。

プサントレン・アル・ムクミンは、アルカイダと共謀して東南アジアでテロ活動を展開した過激組織「ジェマ・イスラミア」の思想的指導者アブ・バカル・バアシルが創設した。ジェマ・イスラミアの少なからぬ構成員がこの寄宿学校の出身であったことから、イスラム過激主義の温床として欧米諸国は疑惑の目を向けており、インドネシア治安当局も監視を続けている。

ところが「コーランとコリア」では、寄宿している思春期の娘アスマの意外な行動を映し出す。列車で移動中のアスマが、取り出したスマホ画面の K ポップ・アイドルのダンスに夢中になっているのだ。これを見つけた母親は激怒し、アスマを詰問する。

母親に対するアスマの弁明はこうだ。

「プサントレンでは英語とアラビア語、ジャワ語しか教えてくれない。本当は韓国語を勉強したかったのに」

「プサントレンの友達は、K ポップ・スターの話題で盛り上がっている。自分だけ取り残されたくない」

アスマのこうした告白を聞いて、筆者は自らのプサントレン体験を思い出した。筆者は2011年から16年まで国際交流基金ジャカルタ日本文化センター所長としてインドネシアに駐在した。各地のプサントレンを訪問し、日本文化・社会について講演し、日本映画上映会を開催して回った。

そこで見聞きしたのは、プサントレン寄宿生たちが熱心にイスラム教義、イスラム法を学ぶかたわら、マスメディア、インターネット、ソーシャルメディアを通じて K ポップ・韓流ドラマのスターや日本のマンガ・アニメに夢中になっている姿だった。

大半の学校はこれを黙認しているようで、プサントレンの正規科目であるアラビア語や英語を学びながら、「本当は韓国語を勉強したかった」と打ち明けてくれた寄宿生もいた。

偶像(アイドル)崇拝を否定する厳格なイスラム教育を施すプサントレン・アル・ムクミンにおいてさえ、寄宿生たちの韓国の「アイドル」への熱狂を抑えることができないという事実をどう見るか。東アジア発のポップカルチャーは、過激思想に対する一種の解毒剤的役割を果たしているといえないだろうか。

プサントレンは、10代の若者が寮生活という緊密な人間関係のなかでイスラムの教義を学ぶ。寄宿制という教育制度は悪くすれば外部から遮断された閉鎖的な空間を形成し、狂信的な指導者がこれを利用して純粋無垢な若者たちに一方的に彼らの歪んだ教義を吹き込むことでテロリスト予備軍を培養することも可能だ。

プサントレンをテロ養成機関にしないためには、常に外からの風を吹き込ませねばならない。東アジアのポップカルチャーは、こうした外からの風の役割を果たしているのである。

過激思想に基づくテロの世界的まん延の背景には、グローバリゼーションに伴う経済的不平の拡大、中間層の没落、社会の急激な変化に伴う若者たちのアイデンティティー不安などの問題があることは、多くの識者が指摘するところだ。

今日の欧米世界は、経済のみならず学術・文化・情報面でも圧倒的なパワーを握っており、「グローバリゼーション」「欧米化」の名のもとに文化の画一化が進むのではないかという恐れ、閉塞感が、非欧米圏の若者の一部を過剰な原点回帰による過激行動の道に追いやっている。

他方、韓国や日本発ポップカルチャーが扱うテーマの多くが、恋愛や友情を通じた若者の自己肯定、成長の物語であり、不安や閉塞感を中和する夢と希望の世界である。さらに東アジア発ポップカルチャーは、欧米出自でなくても「クール」でありうる、自らのアイデンティティーを保持しつつコスモポリタンたりうる、という第三の道の存在を暗示している。

以上の通りダニエル監督は、東アジアのポップカルチャーが過激思想浸透を防ぐ有力な手段となりうると述べ、インドネシアにおけるテロ拡散防止のとして決めてとして、さらに、昔ながらの「土着の知恵」を挙げた。

インドネシアの土着の知恵とは、外来の宗教・文化を消化・吸収し元来の文化・価値観と融合させて共存させる習合の力である。日本の神仏混淆と似た、この習合力によって、インドネシアのイスラムは、各地の風習・文化や、イスラム渡来以前から存在したヒンドゥー教・仏教と融合して「穏健イスラム」「寛容なイスラム」を育んできた。東アジアのポップカルチャーに夢中なプサントレン寄宿生の姿は、インドネシア社会が有する伝統的な習合力の新たな姿なのかもしれない。

【読んでひと言】

私はニューデリー支局に駐在していた1990年代後半、テロが吹き荒れたスリランカの内戦もカバーしていた。分離独立を求めていたタミル人の武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」の少年兵がコロンボで自爆テロを敢行し、大勢の巻き添えを出す悲惨な事件があった。

私は捜査員の一人から、胴体がバラバラになった少年のジーンズのポケットから一枚のブロマイドが見つかったことを聞く。隣国インドの人気映画スターの写真だった。自爆を志願したという少年が、どんな心境で死地に

赴いたのだろうと、私は頭の中で反芻していたのを覚えている。小川氏のコラムを読んで、そんな遠い記憶を呼び覚まされた。

韓国や日本など東アジア発のポップカルチャーがイスラム過激思想浸透の防波堤になる――。さまざまな示唆が込められたコラムだと感心した。日本初の J ポップスや漫画、アニメが過激思想の解毒剤になり得る。そんな視点を持って、日本のポップカルチャーをアジアに輸出すれば、また違った売り込み方ができるかもしれない。

(春日)