私はヤンゴンで運動ジム「Revolution GYM」を経営している。お客さんはすべてミャンマー人である。今回は集客やお客とのエピソードを紹介したい。

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集客の方法

古典的ではあるが、ジム周辺にチラシ=写真下=をばらまいて集客した。私が直接配ると、外国人のため怖がられて逃げられることがあった。気にせずに配り続けているうちに、ミャンマー特有の挨拶の間合いを身につけ、受け取ってもらえる確率が上がった。渡すときにジムについて質問をされると、言葉が聞き取れずに戸惑った。対策としてチラシに、よく聞かれる質問の答えを盛り込んでバージョンアップを重ねた。

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日本では、飲食店などに座っているお客にチラシを配ることはご法度である。しかしミャンマーでは喫茶店に壁がないこともあり、店に入り込んで配ることが可能だ。私が一番楽しかったのは、美容室である。客層が女性ということはもちろんあるのだが、お客がリラックスしているので、話をよく聞いてくれるのだ。美容室の客に対しては、ジムの更衣室やロッカーが充実していて、女性でも快適に利用できることをアピールした。

チラシは全部で700枚くらいは配ったと思う。ジム周辺では、捨てられたチラシを見かけるようになった。私はそれを見て、チラシが地域の人々に隈なく行き届いた証拠と思いむしろ嬉しかった。

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手配りだけでなく、チラシを貼ったこともある。これも日本とは異なり、電柱などに勝手に貼っても許される。難点は1枚貼るのにテープを切ったり、水平に貼るのに苦心したり、時間効率が悪いことである。電柱だけでなく、マンションの入り口にもチラシ=写真上=を貼った。

このチラシは、マンションオーナーの反感を買わないように工夫をこらしている。チラシ上部のミャンマー語は「噛みタバコのつばを吐かないでください。ゴミを捨てないでください。きれいな状態を保つのにご協力お願いします」と書いてある。噛みタバコというのは嗜好品の一種で、真っ赤なつばが出る。ミャンマーの男たちは建物内でもペッペッと赤いつばを吐くので、血痕のように残ってしまう。当然マンションのオーナーは汚されることを嫌うので、「あなたのビルが清潔な状態を保てるように協力します、だからはがさないでね」という意図をチラシに込めた。そして申し訳程度にジムの宣伝を下部に書こうと思ったのだが、思いの外自己主張が強くなってしまって、面積が大きくなった。

来店したお客さんにどうしてこのジムを知ったかアンケートをとると、手渡しの効果は上々であった。チラシをもらった人が友だちを連れて複数人で来てくれることが多くあった。しかし、貼る方はほとんど効果が見えなかった。

もう一つの方法はFacebookである。ミャンマーでは老若男女がFacebookを使用しており、その普及度は日本とは比べものにならない。そこでジムの広告を投稿して、お客さんを呼ぶことを考えた。Facebookに広告費を支払うと、投稿を不特定多数の人に見せることができる。結果は手配りチラシと同程度の効果があった。しかし、投稿に書いてある住所や値段を見ずに電話をかけてきて、質問攻めにされるので、外国人には対応が大変であった。

ジムは喫茶店

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客層の男女比はほぼ6:4である。男性は10代から20代が多く、ガリガリを脱してマッチョになりたい人が来る。女性は20代から30代が多く、減量が狙いだ。ミャンマーの10代の女性はおしなべて華奢なのだが、30代になるに連れて太る傾向がある。

ジムは月額2500円ほど。一般的な若者の月収は2万円からすると割高であるが、それでも一つの趣味としてジムへ来てくれた。けして裕福な層だけが来るわけではない。

開店当初は、科学的な最先端のトレーニング理論に基づいた指導をし、効果を実感してもらい、ジムを好きになってもらおうと考えていた。そのため私は、筋トレの最新理論を勉強して運動メニューを考案した。例えば、かつてはランニングなどの有酸素運動をした後にマシンで筋トレをするのが一般的な減量法であった。だが現在は、マシンで筋トレをした後に有酸素運動をしたほうが効果的だということが科学的に証明されている。

ある20代の女性が1カ月で8キロ痩せるなど、見た目でわかるほど結果が出たことがやりがいになった。だが一方で、いくら私ががんばって最新理論を説明しても、大多数のお客さんの反応はあまり良くなかった。原因は、そこまで本気でトレーニングを突き詰めに来ているわけではないということであった。ほとんどの人はジムに来て、同世代の友だちができて、ワイワイできればそれで満足なのである。そのため外国人である私が偉そうに講釈を垂れるのは、邪魔でしかなったのだ。

遅ればせながらそれに気がついた私は、トレーニングの内容についてはあまり口出しせず、ジムが楽しい雰囲気になるように心がけた。ストイックなことはミャンマーに適さないと思う。だから私は、ジムが若者の遊び場になればよいと考え直した。

ジムの近所に住んでいた青年は、私の思いを汲み取ったのか、1日に3回遊びに来た。アーノルド・シュワルツェネッガーよろしく、1日に複数回トレーニングをするのではない。トレーナーとしゃべって、ゲームをして帰っていくだけだ。そしてまた暇になったらお菓子を持って遊びに来る。恋心を抱く女の子が来る夜になると、運動着に着替えてようやく運動をはじめる。ジムは、まるで学生がたむろする喫茶店のようになった。だから客同士が恋人になることも、まま見受けられた。ジムを開業したことで、ミャンマー人の恋のキューピットにもなれたのは、思いがけない社会貢献であった。

ついに宴会場に

客同士が仲良くなり、かなりアットホームな雰囲気になっていた。一方で真面目にトレーニングをしにきている人の迷惑にならないように気を使う場面も増えた。

ミャンマーでは、誕生日の本人が食事をごちそうする文化がある。誕生日の客がお菓子やチャーハンを大量に持ってきて、みんなで食事を楽しむ。その程度であればジムの営業に全く問題はなかった。

伊勢7tある日、私が外出先から帰ると驚くべき光景が目に飛び込んできた=写真上=。真面目にトレーニングをしている人たちの中で、客同士が焼き肉をしているのである。その日はイケメンのお客さんの誕生日であった。ファンの女の子らが、ホットプレートを持ち込んで、具材を準備していた。ただでさえ狭いジムだから匂いも充満している。私は怒ろうかとも考えたが、これもミャンマーの文化と思って受け入れた。真面目にトレーニングしている人は苦笑いをしていたが、怒っていなかったのが救いであった。「どうぞ」と差し出された肉を、私は満面の笑みで食べた。

 

伊勢明敏顔Pいせ・あきとし

 

1988年生まれの31歳。北海道大学工学院修了後、㈱ニコンに入社し光技術の研究開発を行う。2015年に退職後、ミャンマーに移住し、ミャンマー語と仏教を勉強。貧弱な体がコンプレックスだったが、友人の勧めで筋トレを始めた。熱中のあまり、ついには現地でジムを開業することに。