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私はヤンゴンで運動ジム「Revolution GYM」を経営している。お客さんはすべてミャンマー人である。最終回の6回目は内装工事について紹介したい。

内装工事 

最初に契約した部屋は新築のため床も張られていなかった=写真下。床、鏡、電気配線、照明、更衣室、看板など、ジム営業に必要な内装工事をすべて自腹でしなければならなかった。

2ヤンゴンには日系の内装業者があり、そこへ見積もりを依頼してみると、100万円以上の見積価格になった。非常にていねいな見積もりで完成イメージも湧いたが、それらは日本品質でオーバースペックに思えた。ミャンマーの内装業者ならもう少し安いと思い依頼したが、結果は変わらず100万円以上の見積もりであった。「予算オーバーで無理だ」と伝えると、女性スタッフから「ケチ!」と罵倒された。お金がないと世知辛い。

私は業者に依頼することをあきらめ、地元の作業員にお願いすることにした。ミャンマーには家のトラブルが起こった際に出動する便利屋がおり、水回りのトラブルならAさん、電気関係ならBさんといった感じで、その界隈で有名なプロフェッショナルがいるのだ。 

床は壁紙業者に

人づてに作業員を探していると、「KK Wallpaper」という屋号で活動している個人事業主と巡り会えた。床業者を探しているのに、「壁紙」業者が出てきてしまったのだ。

希望する床のイメージを伝えると、彼はすぐさま中国のオンラインショッピングサイトで適当なゴムマットを探してくれた。防音性のある厚さ1・5センチのマットとなると値段が高く、かつ、かなりの重量になって輸送コストもかさむ。議論の末、ヤンゴンでも容易に手に入る、サンダル製造に使われる格安のゴムを下に敷き、その上に0・3センチの見栄えのするゴムマットを重ねる二層構造にしようということで落ち着いた。ジムにとって非常に重要な床を、壁紙業者に任せてよいか不安になったが、予算内で収めるにはこの方法しか無かった。

中国からゴムマットが無事届いて、まずは下層のゴムマットを貼り付ける。床作業が初めてで新鮮なのか、若い作業員が楽しそうに作業をしていた。ゴムマットとコンクリートの床をつける接着剤の塗り方が全く洗練されておらず、子供の工作のようにでたらめに塗っていた。「四隅にしっかり塗った方がよい」と、素人の私から技術指導がはいるありさまだった。

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下層のゴムを敷き終わり=写真上左、上層のゴムを敷くとこんな仕上がりになった=写真上右。素人の工事にしてはうまくできたと思う。私自身もパテで隙間を埋めたりして協力したかいがあった。作業員も出来栄えに満足し、嬉しそうだった。

後日、「KK Wallpaper」のFacebookのページを見てみると、屋号が変わっていた。「KK Wallpaper & Sports Flooring」。この出来栄えに味をしめたようで、今後二層のゴムマット作戦で仕事を取ろうという魂胆だ。私が人柱になった形であるが、資材込みで5万円くらいで済んだので、感謝の気持ちしかない。

ペンキ塗りは自身で

床以外の内装も近隣に住んでいる作業員にお願いしてすべて終わらせた。一番大変だったのは鏡で、120×180センチの大きな鏡を12枚、階段で5階まで運び上げるのには神経を使った。

6また、スタッフ待機部屋と更衣室の壁に関しては、組み立てこそ作業員が行ったが、ペンキ塗りは私が行った=写真。写真ではわからないかもしれないが、初めてのペンキ塗りだったので色ムラが出てしまった。さらに周囲の養生が甘く、白いペンキをいたるところに飛び散らせてしまい、シンナーを使ってこすり落すのも苦労した。

このように内装全てを手間と時間をかけて行ったので、全部合わせても25万円ほどで完成することができた。きちんとした業者に依頼する5分の1ほどの価格だ。さらに私自身が内装工事のスキルまで手に入れることができた。

内装に力を入れても・・・

こだわって完成させた内装だが思わぬ落とし穴があった。連載の3回目で物件の契約について紹介した通り、賃貸の契約期間は1年である。これは外国人が原則1年以上の賃貸契約を結べないというルールがあるためだ。

近隣住民は外国人が商売をして利益を出していることをよく思っておらず、オーナーを介していろいろ文句を言われることが続いた。私も改善できることは対処してきたが、なかなか負の感情を覆すことはできなかった。結局、ジムを1年間営業して賃貸契約を更新する際、延長させてもらえず、移転を余儀なくされた。

5手間暇かけた内装を泣く泣く捨てて、新しい移転先を探した。この経験から新店舗は内装に手間をかけず、借りたそのままの状態で使用することにした。だから床もゴムマットを敷かず、フローリングのままである=写真左。移転費用もかさみ、重いマシンを移動させるのも大変であった。

こういった賃貸の問題は決して私だけではなく、他の外国企業も同様の問題を抱えている。ヤンゴンでは日本食レストランの場所が変わることは日常茶飯事で、ほとんどが、大家に足元を見られて次年度の家賃の法外な値上げを通告された場合である。最長で1年という縛りがあるので、毎年綱渡りでやっていくしかないのが難しいところだ。こういった「起こりそうもない、いざこざ」まで想定していれば、無駄な出費を抑えることができる。ミャンマーでは物件のオーナーの心をつかむことも、重要なビジネス戦略となってくるだろう。

最後に

かつて私は日本で技術者として働いていた。その部署には、休日であっても自発的に自宅で、楽しみながら研究をしている人がいた。一方で私は、休日に仕事について考える気がせず、情熱に欠けていた。「このままではダメだ」と思い、一念発起してミャンマーに来てジムを設立した。

日本で働くよりはストレスが少ないであろうが、ミャンマーでも冷や汗が出るような心配事が時折、出てくる。自分が好きで始めたことだからと、どんな馬鹿げた問題でも情熱を持って取り組み、なんとか乗り越えてきた。ようやくこの年齢にして、仕事の仕方がわかったように思う。

この連載を通して、自分が経験した困難について再認識する良いきっかけになった。この程度の「しょぼいこと」だが、自分自身は成長することができたと思う。そして、小規模な起業なら、お金が無くとも誰でも可能だということが、この連載で伝われば幸いだ。

伊勢明敏顔P

いせ・あきとし

1988年生まれの31歳。北海道大学工学院修了後、株式会社ニコンに入社し光技術の研究開発を行う。2015年に退職後、ミャンマーに移住し、ミャンマー語と仏教を勉強。貧弱な体がコンプレックスだったが、友人の勧めで筋トレを始めた。熱中のあまり、ついには現地でジムを開業することに。