リーガルコーナー鈴木弁護士

虎門中央法律事務所弁護士 鈴木隆弘

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前2回では香港進出の法務対応について概説してきた。香港編最終回となる本稿では、香港という地を資金調達の場というアングルから捉え、香港証券取引所(HKEx)における日系企業の新規株式公開(IPO)を支援した経験を持つ筆者が、香港IPOの魅力について解説する。

1 香港証券取引所の魅力

世界各国の証券取引所を比較する際、しばしば用いられるのが時価総額であるが、上場主体からすると、資金調達額も非常に重要な指標である。2018年、HKExにおける新規株式公開(IPO)による資金調達額は、365億6300万米ドルで、世界1位であった。2位は、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の285億7400万米ドル、日本の証券取引所を総計するとこれに次ぐ3位となるが、255億6700万米ドルと引き離されている(出典:HKEx及びDealogic)。HKExは、過去10年間で実に6回、資金調達額で1位を記録しており、世界有数のマーケットである。香港市場には世界中から多種多様な機関投資家が集まり、活発な取引を行っているため、高い流動性と取引高が維持されている。株式公開の最重要目的は言うまでもなく資金調達であるが、香港は、この点で非常に強みのある証券市場なのである。

2 日本(日系)企業にとっての香港上場のメリット

HKExへの上場を果たした日本企業/日系企業(以下、単に「日本企業」とする)には、㈱ダイナムジャパンホールディングス、㈱ファーストリテイリング(セカンダリー上場)、㈱ニラク・ジー・シー・ホールディングス、日清食品有限公司などが挙げられる。日本企業にとって、香港上場にはいかなるメリットがあるのだろうか。

まず、香港は、中国本土へのゲートウェイとして位置づけられる。HKExに上場することにより、香港のみならず巨大な中国本土での知名度・ブランド価値・信用力が向上し、このことは中国本土における取引の拡大に大いに寄与する。

次に、HKExは、前述のとおり多様な機関投資家が集まるが、中国のビジネスとマーケットを熟知しているアナリストらの多くが拠点を香港に置いて活動している。そのため、日本企業にとっては、中国本土進出に向けた戦略及びビジネスモデルを確立させることにより、そのコーポレート・ストーリーについて、日本及びその他の証券市場以上に適切かつ最大限の評価をしてもらえる可能性が高い。

更に、オフショア人民元の調達もまた、香港上場の利点として指摘しておきたい。中国本土外で流通する人民元をオフショア人民元というが、オフショア人民元市場の中核は香港であり、預金及び決済の実に70%を占めている。日本企業が中国本土で人民元を調達しようとすると借入額の総量規制等で困難に直面する場合があるが、香港上場で人民元建ての新株を発行することで、オフショア人民元を為替リスクと両替コストなしで調達し、これを中国本土での事業展開のための資金として活用できるのである。

3 香港市場の概要

(1)メインボードとGEMボード

HKExには、メインボードとGEM(ジェム)という2つの市場がある。メインボードは、大規模な優良企業向けの市場であり、GEMは、Growth Enterprise Market(成長企業市場)の略称で、新興企業向けの市場である。GEMは、将来的にメインボードに上場するための「足掛かり」という位置づけである。それぞれにつき、事業継続年数、経営陣及び支配株主の継続性、財務数値要件、時価総額、株主分布状況、会計基準といった上場要件が存在するが、概して、GEMの要件はメインボードよりも緩和されている。

(2)新市場の創設

2018年4月30日、香港証券取引所は新ルールを発効し、メインボードとGEMボードの上場要件を充足していない企業に向けて、新たなセグメントを新設し、上場の途を拓いた。新市場が用意する新セグメントの1つは、特殊なガバナンス構造を持つ企業向けの市場である。

HKExは、これまで、種類株を発行する企業の上場を認めてこなかった。一方、NYSEやNasdaqでは、種類株の上場が認められており、グーグル持株会社のアルファベット、フェイスブック、コムキャスト、ナイキ等が種類株を発行しつつも時価総額において高成長を続けている。因みに、日本でも、上場前に発行するものは禁じられてはおらず、マザーズ上場のサイバーダインのように種類株維持の上場例もあるが、通常は種類株を普通株に転換してから上場する。今や時価総額が4800億米ドルを超えるアリババ・グループは、当初はHKEx上場を目指していたものの、この種類株禁止の制約が足枷となり、鞍替えしてNYSEで上場した。こうした苦い経験を経て、HKExは、市場の活性化のため上場のハードルを下げる方向に舵を切ったのである。テクノロジー面、ビジネスモデルなどにおいて高成長かつイノベーティブな会社であれば、例えば加重投票権構造(1株1議決権ではない)を有する企業であっても上場が可能となる(財務要件はメインボードと同じ)。

次に、香港市場は、前述の世界1位の資金調達額を誇りつつも、ニューヨークや深セン市場等と比較してハイテク企業の調達額の点で見劣りすることが指摘されてきた。

そこで、HKExが用意した新セグメントの2つ目の目玉がバイオテクノロジー企業向けのボードである。これは、未だ利益が上がる前でメインボードの財務要件をいずれも充足しないケースでも、バイオテック関連の研究開発を進め、応用技術を有する企業に対し上場のチャンスを与えるものである。企業の業種を限定しつつではあるが、バイオテックに精通した投資家からの一定割合以上の投資や上場時に少なくとも15億香港ドルの時価総額が予期されている等の条件を満たす限り、利益基準や売上高基準の財務要件を課さないという点が世界初の画期的な試みとなる。

このとおり、HKExは、より魅力ある市場へと変化を続けている。中国ひいてはアジア地域に打って出る日本企業の成長戦略として、香港IPOは、大いに検討に値する選択肢なのである。

すずき・たかひろ 2000年3月国際基督教大学教養学部卒、08年上智大学法科大学院修了、09年虎門中央法律事務所入所、15年CFNローヤーズ法律事務所(香港)出向、16年虎門中央法律事務所復帰。業務分野は契約から訴訟まで多岐にわたる。様々なクライアントに対して、不動産、コンプライアンス、コーポレート・ガバナンス、M&A、ファイナンスその他企業法務一般についての助言をしてきた幅広い経験を有している。香港の高名な法律事務所での執務経験を生かし、IPO(香港)及び中国・香港関連のクロスボーダー案件についても、実践的なリスク分析に基づく法的アドバイスを行う。刑事弁護分野における豊富な知識及び経験も有する。