リーガルコーナー鈴木弁護士

虎門中央法律事務所弁護士 鈴木隆弘

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前稿までの連載では、企業の海外進出一般に関わる法務について解説してきたが、今回からは、具体的な国(地域)別を取り上げて、日系企業が事業展開する際に必要となる法務対応について概説してゆく。所変われば常識も変わり、法も変わる。法の不知は大きなトラブルの元だが、「彼を知り己を知れば百戦殆ふからず」である。まずは、中国の香港編を全3回にわたりお届けする。

 基礎情報(2016))(データは外務省HPより)
正式名称 中華人民共和国香港特別行政区
面積 1,106㎡ (東京都の約半分)
人口 約734万人 (人口密度は約6500人/k㎡)
民族 中国系(約91%)
公用語 広東語、英語
通貨 香港ドル(米ドルとのペッグ制)
主要産業 金融業、不動産業、観光業、貿易業
GDP(名目) 2兆4,891億香港ドル(3,208億米ドル)
1人当たりGDP 33万8,806香港ドル(43,661米ドル)
実質GDP成長率 1.9%

中国本土と隣接し、経済貿易緊密化協定による様々な特権、そして、東南アジアの主要都市へも飛行機で3時間程度という立地…香港は、中国本土へのゲートウェイであるとともに、アジア地域全体のビジネス拠点として揺るぎない地位を誇っており、中小企業にとっては世界進出の一里塚であろう。

1 魅力的なビジネス環境

香港は、イギリスの植民地支配下で、不干渉主義のもとで、自由貿易港、金融都市として発展したが、1997年7月に英国から中国に返還されて以来、いわゆる「一国二制度」が実施されている(外交・軍事は除く)。中華人民共和国香港特別行政区基本法に基づいて中国本土の法律は「別段の定め」が無い限り香港では適用がなされない。

ビジネスに関する規制は極めて少なく、米国のヘリテージ財団とウォールストリートジャーナルによる経済自由度ランキングでは、2019年も香港が1位を保持している(ランキングが開始された1995年から不断の連続1位)。行政的なコントロールは危険業種、公害業種等への必要最小限度なものにとどまり、外資規制(出資比率の制限)等も無い。

税制については、関税、付加価値税(消費税)、利子所得税、配当所得税、キャピタルゲイン課税がない。香港域外の国外源泉所得(オフショア所得)は、基本的に非課税である。更には、2018年4月には法人税が引下げられ、利益のうち200万香港ドルまでは8・25%の税率(従来は16・5%)が適用されることとなり、香港進出のインセンティブは更に高まったと言えよう。

司法上も、「一国二制度」に基づいてイギリス植民地時代のコモン・ロー(英米法)体系が引続き施行されている。この法的安定性こそが、香港の魅力を支える重要な点である。これはつまり、香港の裁判所では他のコモン・ロー体系を採る国、例えばイギリス、アメリカ、カナダ、シンガポール等々の判例すら援用できることを意味するのだが、このことを依頼者に助言すると非常に驚かれる。契約書の締結時に準拠法を中国法とするか香港法とするかで、その帰結には実際上の大きな違いが出るので、是非留意しておきたい。

2 現地法人の設立

それでは具体的に香港現地法人の設立法務について概説する。

日本同様、香港の会社にも様々な形態があるが、多くの日系企業は、通常、株式による有限責任の私的(非公開)会社を選択することになると思われる。香港の会社法に相当する「会社条例」は、やはり英国会社法をベースに制定されており、これに準拠しながら進めてゆく。設立所要期間としては2~3週間程度である。

まずは名前が無ければ始まらないが、会社名として必須なのは英文で、中文は任意である。資本金は最低1香港ドルであり、日本と異なり設立前に出資払込の証明書類は不要である。「資本充実の原則」は緩やかで、設立後2か月後以内の払込みで良いというのもいかにも香港らしい。

役員は、取締役(英語:director、中国語:董事)支配人(英語:manager、中国語:経理)及び会社秘書役(英語:secretary、中国語:秘書)をいう。

取締役は1名以上で、国籍、居住国を問わない。日本では個人しか取締役になれないが、法人でもなれるのが特徴的である。また、香港には法的には「代表取締役」という地位が存在せず、任意に相応する立場を決めるのは構わないが登記事項ではない。

支配人(經理)は、管理者の職務を行う者で、定款や契約によって定まる職務や権限の範囲により会社の執行役、支配人、又は執行役員に相当する。

会社秘書役は、日本には存在しない機関であるため、「秘書が役員?」と思われる方も少なくないであろうが、法定の各種書類の準備・提出・保管、登記事項の変更、各種議事録の作成等をする役割である。ビジネスの現場では「カンパニーセクレタリー」を略して「カムセック(com-sec)」で通じる。取締役とは異なり、日本居住者は就任できず、専門性が高いため、会計事務所などの専門家にアウトソースすることが一般的である。

以上、主なポイントを取り上げたが、具体的な設立手順のみならず設立後の運営方法も日本とは異なる。専門家の助言を得て法令を遵守しつつ、優れたビジネス環境を大いに活用していただきたい。

すずき たかひろ 2000年3月国際基督教大学教養学部卒、08年上智大学法科大学院修了、09年虎門中央法律事務所入所、15年CFNローヤーズ法律事務所(香港)出向、16年虎門中央法律事務所復帰。業務分野は契約から訴訟まで多岐にわたる。様々なクライアントに対して、不動産、コンプライアンス、コーポレート・ガバナンス、M&A、ファイナンスその他企業法務一般についての助言をしてきた幅広い経験を有している。香港の高名な法律事務所での執務経験を生かし、IPO(香港)及び中国・香港関連のクロスボーダー案件についても、実践的なリスク分析に基づく法的アドバイスを行う。上記の以外では、刑事弁護分野における豊富な知識及び経験も有する。