望月

 

 

 

 

望月崇司

虎門中央法律事務所弁護士

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海外進出時における進出形態が決定し現地パートナーも決定すると、いよいよ現地パートナーとの事業開始となるが、その前に必ず注意していただきたいのが情報開示に関する取決めである。本号では現地パートナーとの事業における秘密保持契約(Non・DisclosureAgreement、省略して「NDA」という)の重要性について解説したい。

①NDAを締結しないとどうなるのか

 

日本における取引においても取引を開始する前に秘密保持契約を締結することはすでに浸透しているが、ここではまず、NDAを締結していなかったことが原因で大きな損失を被った事例を一つ紹介することにより、改めてその重要性を強調したい。

ご相談者は日系の製造業者(以下「A社」という。)であった。A社は海外事業を展開しており、海外拠点として子会社も設立していた。しかしながら、海外拠点においては自社で製品を製造する工場を保有していなかったため、現地パートナー(以下「B社」という。)と業務委託契約を締結し、製造を委託することとした。かかる業務委託にあたり、A社はB社に対してA社製品の設計図やノウハウを開示していたが、秘密保持契約を締結していなかった。製造業務委託を前提としたA社・B社間の共同ビジネスは当初こそうまくいっていたが、次第にB社がA社との共同ビジネスに何かと文句をつけ、応じなくなっていった。そんな中、A社がある商品総合展示会に出席するとB社のブースにおいて自社製品の模倣品が展示されていたという事案であった。

この後、A社はB社に対して現地の裁判所において差止請求や損害賠償請求を提起したが、困難な闘いを強いられたことは言うまでもない。結局、A社は、B社による模倣品の製造を止めることはできず、かつ、多額の訴訟費用を捻出しなければならなくなってしまった。

NDAさえ締結しておけば上記のような事件は起きなかっただろう。このようにNDA締結は共同ビジネスの開始にあたって極めて重要なのである。

②NDAはいつ締結するべきか

それではNDAはいつ締結するべきだろうか。
本契約を締結し、ビジネスを開始する前までに締結しておく必要があるのは当然であるが、現地パートナーに情報を少しでも開示する前、つまり潜在的ビジネスパートナーと接触後、交渉を開始する前に締結するというのが理想的である。
共同ビジネスを開始する前の交渉時においても、秘密情報の一部又は全部を開示しなければ、共同ビジネスについて合意し、契約を締結することは不可能といえる。したがって、この時点でNDAを締結しておくことが重要である。これを怠り、かつ、潜在的パートナーが秘密情報のうち知りたかった部分を交渉段階で把握してしまえば、おそらくかかる潜在的パートナーは本契約の締結をせず、自社で独自に事業を進めるだろう。このような事態を防止するためには、具体的なビジネス交渉を始める前に秘密保持契約を締結する必要がある。

③NDAを締結すればそれだけで安心か--「秘密情報」の対象確認の重要性

私個人の経験上、秘密保持契約関係でトラブルに発展するケースでもNDAが一切締結されていないというケースは実は少なく、NDAを締結し「秘密情報」として保護されると当事者が考えていた情報が契約上その対象から外れていたというケースが多い。
以下に典型的な二つのケースをご紹介する。

ア 「秘密情報」の定義に従った手当てをしていなかったケース

NDAにおいて「秘密情報」をどのように定義するかは様々であるが、「当事者間で開示されたあらゆる情報」と広く定義するか、「開示書面内に開示者が〝Confidential〟(秘密)であると明示している情報」と特定して定義する場合が多い。また、後者の応用として、「口頭で開示された情報については、開示の時点で秘密である旨特定され、開示後一定期間以内に、その概要を記載した書面を〝Confidential〟(秘密)と明示した上で受領者に交付した情報」なども併せて「秘密情報」と定義するケースもある。
後者のように「秘密情報」として保護を受けるためには〝Confidential〟(秘密)であると指定する必要がある場合は、情報開示の都度、かかる指定を怠らないよう注意が必要である。NDAを締結したはいいが、かかる手当てをしなかった(あるいは、かかる手当てが必要であることを認識していなかった)ために、結局、秘密として保護されなくなってしまったというご相談も非常に多い。

イ 当該NDAが対象としている取引に該当していなかったケース

上記の他にも、取引先とNDAを締結していたが、締結済みのNDAは特定の取引(例えば、商品Xの製造委託契約)に関する秘密保持契約であり、他の取引(例えば、商品Yの製造委託契約)は対象外であるにもかかわらず、その点に気づかず、商品Yに関する情報を開示してしまうというケースもよく見られる。
実は最初に挙げたA社の例もこの例にあたるケースだった。A社はB社との間で、以前、守秘義務契約を締結していた。担当者レベルではNDAを締結していると安心していたのだが、実は当該NDAは商品Xに関する秘密保持契約であり、商品Yに関する情報は保護対象に含まれていなかった。その結果、上記のような事件に発展しまったという事案であった。

④まとめ

上記例からも分かるとおり、秘密情報関連のトラブルに巻き込まれる当事者もNDAの重要性について一般論としては理解しているが個別的な検証が欠けていた場合がほとんどである。NDAを締結したことをもって安心し、より深い検討や対応を怠ってしまったことにその原因があるケースが実に多い。NDAは締結すれば足りるのではなく、同契約により保護すべき情報がきちんと守られているかが重要なのであって、その点まで踏み込んだ検討を是非心がけて頂きたい。

もちづき・たかし
2002年上智大法学部卒、08年慶応義塾大法科大学院修了。09年虎門中央法律事務所入所。16年5月米ジョージタウン大学Law Center(LL.M.in International Business and Economic Law)修了。17年7月米国ニューヨーク州弁護士登録。同年9月虎門中央法律事務所復帰。訴訟などの紛争処理案件に多く関与し、特に、被告、債務者が海外に居住するケースなどの国際訴訟に精力的に取り組んできた。法分野としては知的財産権(主に著作権法)に関する紛争・相談等を多く扱ってきた。 16年9月から17年7月まで、アメリカに所在する日系資本のメーカーに企業内弁護士として勤務。同社において、契約書チェック・管理、訴訟対応・管理、コンプライアンスなど企業内弁護士として幅広い業務に関与した経験を活かし、現在、グローバルなリーガルアドバイスを提供している。