従業員福利厚生に尽力、役所とは「裏ルート」も必要

 

日系企業の進出が加速するベトナムだが︑現地の労働慣行や文化の違いに苦戦する企業も多い︒日系大手企業の中間管理職としてベトナム工場で︑現地の行政組織への対応やベトナム人従業員の労務対策などにあたった現人材派遣会社社外取締役、ブイ・ドゥク・クィンさん(43)=写真下=に、ベトナムでの事業運営のポイントを聞いた。

 

ブイ・ドゥク・クィンさんーーベトナム水産省を退職して日本企業に入社︒経歴がユニークですね。

海のあるハイフォンで生まれ育ったせいか、小さいころから水産の世界に興味がありました。水産省に入省後、1998年末に日本に出張する機会があり、日本で勉強したいと思うようになりました。日本人の勤勉性について前から聞いていましたし、日本と日本人に強く興味を持ったので、水産省をやめて日本で暮らしてみようと考えたのです。でも、日本に来た当初は、いずれベトナムに帰って働こうと思っていました。
――ご両親は反対しなかったのですか。

いいえ、まったく。ベトナムの親たちは、チャンスがあれば自分の子どもを外国に送ろうとします。来日してからは、生活のため、化学薬品を扱うベンチャー企業で絶縁材料を研究するアルバイトをしていました。バイト先で実験を続けているうち、そちらの世界の方が水産よりも面白くなって、半導体関連の有機材料を製造する日本の大手企業「京セラケミカル」(2016年に京セラに統合)に入社しました。

――ベトナム工場に赴任した理由は。

13年夏に稼働したフンイエン省の第2タンロン工業団地の工場の立ち上げのために赴任しました。ハノイ市内の自宅から車で1時間ぐらいの距離。会社のバスで通勤していました。工場はシアンや硫酸など危険な化学薬品を多く使いますし、排水についてもベトナムは規制が日本より厳しいので、会社から「専門知識を持った人間がほしい」と言われて行きました。

--どんな苦労がありましたか。

100種類以上の薬品を扱うので、稼働前は大量の書類を資源・環境省やフンイエン省に稼働前に申請する必要がありました。フィジビリティ・スタディ(FS、事業の可能性調査)や環境影響評価(EIA)などは、大量の資料を準備しないといけなかったし、工場排水のライセンスや産業廃棄物を出す許可申請をもらうのも大変でした。ベトナムの環境面の規制は欧州並みでとても厳しいのです。

--事業の苦労といえば︑ベトナムでのビジネスでは︑賄賂なのか手数料なのかよく分からない「経費」が問題になります。

行政への申請などがスムーズにいかない場合、ベトナムでは「裏ルート」を使うことがあります。その場合、どこに、いくらぐらいおカネを払ったらいいか、分かっている日系企業はほとんどないでしょう。ベトナムは、そういうシステムになっていることを、まず理解しなければいけません。裏ルートにかかるお金はすべて賄賂というわけではなく、実は手数料だったり、必要経費だったりします。工場で一緒だった日本人たちは最初、理解できなかったのですが、ベトナムでは、そういうおカネを払うと仕事が早く進む場合が多いです。悪い評判が立たないよう、コンサルタントに任せることも多いですね。

--労務面はいかがでしたか。

最終的に工場の従業員は1000人超になり、ほとんどがベトナム人。会社を退職する際、私は環境安全課長兼労組委員長でした。立場上、従業員の声をよく聞き、工場の安全や環境を整備し、従業員の健康をケアすることに務めました。毎月1回、労使の団体交渉をやりましたが、私の席は「組合側」です。自宅や実家が工場から遠い従業員も多く、旧正月に路線バスが大変混雑するので、従業員の帰省のため工場からバスを出したり、給食や各種手当ての支給を会社に認めさせたりしました。

--ベトナムで暮らす日本人も増えています︒ベトナム人の目にどう映っているのでしょう。

もっとベトナム人に声をかけてほしいですね。ベトナム人の性格は、とてもオープンです。「ご飯を食べに行こう」「休みの日は何をしているの?」とか何でもいい。普段言いにくかったら、飲み会や運動会など会社のイベントで声をかけてあげてください。日本人には「いま話しかけると失礼かな」と遠慮することが多いけど、そういう気の使い方は必要ありません。もっとオープンになって、ベトナム人の中に飛び込んでください。