「アジアへの旋回政策が何であるかを示す代表的な成果が、ビルマ(ミャンマー)を悔い改めることのない独裁政治から、民主主義への移行の段階にある国へと変貌させることに、まずまずの成功を収めたことである」。こう回顧録に記したのは、オバマ米政権下の国務省で東アジア・太平洋担当の国務次官補(2009年6月~13年2月)を務めたカート・キャンベル氏(61)である。

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カート・キャンベル元米国務次官補=アジアグループのホームページから

2001年の米同時多発テロ後、アフガニスタンやイラクに集中投下された外交的・軍事的資源をアジアへと「旋回」させる「ピボット」(Pivot)は、オバマ政権の外交政策を象徴するキーワードとなり、世界の目をアジアに向けさせるテコになった。そこには、かつてないほどの最強なライバルになりうる中国への戦略が明確に位置づけられていたからだ。

今回は、ピボットの立案者の一人であり、売り込みの先兵役となったキャンベル氏の視点を通して、米国の近年の対ミャンマー政策を振り返ってみたい。そこから浮かびあがるのは、オバマ政権に共通した野心と弱点、そして対中国政策の失敗である。

「リバランス」が示したアジア重視

「米中関係が困難な方向へと転換しているのは事実であり、眼前に広がる多くの課題に十分に対応できるだけの備えがあるのかには確信が持てない。しかし、困難や違いがあろうとも、米国と中国はそれを甘受して折り合いをつけ、21世紀における責任を共有していかなければならない」

今年9月26日、米ワシントン市内で開かれたシンクタンク「アトランティック・カウンシル」のシンポジウムで講演したキャンベル氏は、米中関係を再定義し、新たな関係構築を目指すべきだという考えを示した。イベントは「米国、香港、中国」がテーマだった。

政権の公職を離れて5年余り。英オックスフォード大学ブレーズノーズカレッジで国際関係論の博士号を取得した英才は、現在、多くの肩書を持つ。自身が創設したコンサルティング会社「The Asia Group」(TAG)の会長兼最高経営責任者(CEO)、新米国安全保障センター会長、ハーバード大学ベルファーセンター非常勤フェロー、イースト・ウエストセンター・ハワイ副会長、マケイン・インスティテュートのキッシンジャーフェローなどだ。現在は、ワシントンと香港に拠点を持つTAGの事業を中心に手掛けている。冒頭の講演も、TAG事業との関係で招待された。

アジアの外交や安全保障にかかわる問題であれば、キャンベル氏を抜きには語れない。クリントン政権でアジア・太平洋担当国防副次官補を務め、1996年12月、沖縄の米軍普天間飛行場返還を盛り込んだ在沖縄米軍再編計画(沖縄特別行動委員会=SACO)の最終報告書をとりまとめた立役者だからだ。

キャンベル氏が戦略国際問題研究所(CSIS)上級副所長などを務めていた2000年代以降、何度かインタビューしたことがあるが、当時の関心は、停滞する米軍普天間飛行場移設問題や、中国の軍事的台頭にあった。日本では小泉内閣だった当時、ワシントンで取材したときは、日本の政治家が普天間移設について「熱心ではなくなった」ことに失望感をあらわにした。今の安倍内閣になってからは、中国の考えをよく聞きながら関与する必要性を強調し、安倍晋三首相の靖国神社参拝への不満を隠さなかった。率直な意見に多くの日本の外交専門家が信頼し、日米関係の太いパイプ役だった。こうした経験を踏まえ、オバマ政権では、ホワイトハウスと国務省が連携して練り上げたアジアへのリバランス政策(ピボット)の立案者の一人となり、オバマ政権が重視するアジア政策の責任者を務めた。

ピボットは、東西冷戦や冷戦後を通じて欧州や中東偏重だった米国の外交政策を軌道修正する試みだった。2011年11月に発表されたこの方針は「リバランス」(再均衡)と呼ばれたが、その狙いは、詰まるところ、アメリカ外交を「バランス化」させることにあった。キャンベル氏は「アジアへのピボットは、地平線の先に現れつつあるダイナミックな時期において、自らの影響力、利益、そして安定を守っていく最良の機会を提供する」と自著「THE PIVOT アメリカのアジア・シフト」に記している。

その中心的な課題が中国にある。おおむね米メディアには歓迎され、ワシントン・ポスト紙は社説で「中国が超大国として台頭する複雑な現実に適した重層的なアプローチ」として評価した。そのピボット表明から7年。トランプ米政権下で米国外交は大きく転換しているが、まずは、そのピボット誕生の過程から振り返ってみたい。

インド太平洋戦略の土台に

「イラクでの戦争が終わりに近づき、米兵がアフガニスタンから引き揚げ始める中、アメリカは旋回(ピボット)の時を迎えた」。2001年米同時多発テロから始まった米国の外交政策の転換を提起したヒラリー・クリントン国務長官の寄稿が米外交誌フォーリン・ポリシー(電子版)に掲載されたのは、11年10月11日だった。

寄稿はこう続く。「この10年はこの二つの地域に膨大なリソースが割かれたが、これからの10年は、米国のリーダーシップを堅持し、国益を確保し、価値観を普及させるために、時間とエネルギーをどこに投入するかについてスマートでシステマティックである必要がある」。そしてその答えが、「アジア太平洋地域だ」としている。表題の「America’s Pacific Century」の「Pacific」には、米国の次なる世紀を「平和」と「太平洋」の両方にかけているようだ。

その実現に向けて、六つの柱を提示している。①同盟国との関係を強化し、②中国などの台頭国との関係深化に取り組み、③地域の多国間枠組みに関与し、④貿易と投資を拡大し、⑤海外の軍事プレゼンスを構築し、⑥民主主義と人権を普及させる――ことだ。キャンベル氏は回顧録で「アジア太平洋地域に外交、経済、戦略などを集中投下し、その効果を促進するには、オーストラリアや日本などとの同盟関係を強化し、インドやベトナムなど新たな友好国とも協調すべきだ」とし、「中国に対しては精力的に関与し、その興隆のあり方に一定の影響を及ぼすことが求められる」と要約している。

この思想は、後の安倍内閣の「開かれたインド太平洋戦略」につながる要素がふんだんに盛り込まれている。インドやオーストラリアなど民主主義大国との連携を重視し、広範な地域を視野に入れた構想は、ピボットと共通する点が多い。「次の10年」のターゲットは、アジアでの地歩を固め直し、中国を制御する、という戦略目標は、米国だけでなく、日本にもあてはまることだということである。

さて、この中でミャンマーに触れたくだりは、「人権侵害に対する責任を果たすよう求める。ネピドーでの展開を注視し、アウンサンスーチーと政府指導者の交流の進展をフォローする」と指摘するにとどまっているが、翌月にはクリントン氏がミャンマーを米国務長官としては約50年ぶりに訪問している。長らく軍政下にあったミャンマーでの「変革の動き」を後押しするためで、当時から、ピボットの成果の中核にミャンマーとの関係改善を置いていた節がうかがえる。

ミャンマーとの国交正常化

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アウンサンスーチー氏(中央)と談笑するオバマ大統領(左)とクリントン国務長官(右)=2012年11月、ミャンマー・ヤンゴンのスーチー氏の自宅で。米ホワイトハウス提供

ピボット提唱から1年余り後の2012年12月の明るく晴れた日、オバマ大統領が米大統領として初めてミャンマーのヤンゴン国際空港に降り立ったときの印象を、同行したキャンベル氏はこう記している。

「世界で最も孤立し、悲劇的で、そして、魔法にかかったような国のひとつが、アメリカの勇敢な外交によって、ついに世界に対して国を開いた。アジアの進む軌道が根本的に変化する可能性がある」

キャンベル氏のボスであるクリントン氏が主導した外交交渉はリスクを含んだものだったが、クリントン氏は軍の後ろ盾を得ている政治勢力からの信頼を勝ち取り、自宅軟禁を解かれたばかりのアウンサンスーチー氏からも信用されていたという。キャンベル氏はクリントン氏が外交的成果を上げていないという批判を耳にするたびに、自分自身の目的意識と自尊心を攻撃されているように感じると記している。ミャンマーとの国交正常化という歴史的事実を目の前にしながら、「(批判勢力は)関心を払っていない」と反論している。

だが、米政権のミャンマー政策は、その日がピークだったのかもしれない。あれほど米政権が歓迎したミャンマーの「開国」は、僅か数年で評価が再び低下し、いまは国際批判の矢面に立たされているのだから。

見誤ってきた中国政策

今年6月14日、下院外交委員会が「民主主義の普及」をテーマに開いた公聴会で、全米民主主義基金(NED)のカール・ガーシュマン代表がこんな証言をして話題になった。

「最近の(米外交誌)フォーリン・アフェアーズ(への寄稿)でカート・キャンベル氏が、従来の対中政策は期待したような結果は起こらず、間違いだったと基本的に認めている」

NEDは「世界の民主化を支援する」ことを目的に、レーガン政権時の1983年に創設された。民間非営利団体だが、実際の出資者は米国務省広報文化交流局である。予算配分は米連邦議会が決める。広報文化交流局は、対外宣伝を担う戦前の情報機関の流れをくんでおり、戦後は日本での反共産化の活動支援にもかかわった「工作機関」でもあった。

ガーシュマン代表の主張は、中国の人権状況を問題視する点にあったが、この発言のポイントは、アジア政策に政府高官として長く携わったキャンベル氏が、自身が立案者の一人となったピボットを含めて過去の対中政策が「間違いだった」と認めたことにあった。

ガーシュマン代表が引用した寄稿は、フォーリン・アフェアーズの2018年3月・4月号に「The China Reckoning―How Beijing Defied American Expectations」(「中国の報い―こうして北京は米国の期待を裏切った」)というタイトルで、オバマ政権でバイデン副大統領の国家安全保障担当副補佐官を務めたイーライ・ラトナー氏(米外交問題評議会シニアフェロー)との共同執筆の形式をとっている。以下、少し長くなるが、寄稿の一部を紹介する。日本語の記述は、フォーリン・アフェアーズの日本語版「対中幻想に決別した新アプローチを」による。

キャンベル氏は、「『アメリカは中国の行動を左右する力をもっている』とみなす過大な自負心にワシントンは常に囚われてきた。だが現実に照らせば、そのような自負心や期待は何度も裏切られてきた」と書き出している。米国の対中政策がいかに一方的で、独善的だったかを検証し、「あらゆる立場からの全ての主張が間違っていた」と率直に認めているのだ。

「外交や通商面でのエンゲージメントも政治や経済の開放レベルを高めることはなく、軍事力もアジアリバランシング戦略も、北京がアメリカ主導のシステムの中核部分を変えようとする試みを止められなかった。リベラルな国際秩序も、期待されたように中国を惹きつけることも、つなぎ止めることもできなかった。中国はむしろ独自の道を歩み、そうすることで、アメリカの多方面での期待が間違っていることを示した」というのがキャンベル氏の分析だ。

グローバル化の進展によって世界のルールになじみ、経済的な繁栄を享受し、インターネットにより情報や思想が自由に行き来するようになれば、民主化が進み、政治や個人の自由も拘束されなくなる――。これが米国の対中戦略の中核だったが、中国は、国家資本主義による経済繁栄を進め、政治的な自由を制限する権威主義的統治を強めるという独自の開発モデルを確立した。興味深いのは、この誤算に関連して、オバマ政権のピボットの失敗にも触れている点である。

ピボットはこうして失敗した

「(オバマ)政権末期になっても、予算と人材は他の地域に向けられたままだった。中東を担当する安全保障会議のスタッフの規模は、アジアと東南アジア担当のスタッフの3倍のままだった」ため、中国からみればアジア地域での優位性を利用でき、米国の急速な衰退に気を強くし、中国の開発モデルを「他の諸国にとっての新しい選択肢」と自賛するようになったと総括している。

寄稿の中では、具体的にミャンマー政策には触れていない。だが、中国が一帯一路を推進するターゲットの一つとしてミャンマーを狙っているのは疑いようもない。にもかかわらず、キャンベル氏が指摘するようにアジアへのリソースの再配分がうまくいかなかったのはなぜなのか。

キャンベル氏と親交があり、共和党陣営でアジア政策に精通するマイケル・グリーン氏(ブッシュ政権の国家安全保障会議=NSC=上級アジア部長)は「クリントン国務長官やキャンベル氏ら高官がリスクを取り、重要な歴史的転換を成し遂げた。ホワイトハウスはピボットの代表的な成果だとしているが、その後、その看板を降ろしてしまった。持続的に高官レベルの関与を続けるべきだった」と指摘している。

西部ラカイン州の少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」をめぐり、治安部隊による「大虐殺」(国連人権理事会報告書)にまで発展しているミャンマーの現状は、アウンサンスーチー氏が率いる政権を、それまでと同じ情熱を持って民主化を後押しする努力を怠ったツケだというのは、的外れな指摘ではないだろう。なぜなら、民主政権となったとはいえ、軍の権力は温存され、スーチー氏率いるミャンマーがいかに脆弱かを知っていたはずだからだ。そうであれば、産声をあげた民主主義を根付かせる作業にこそ注力すべきだった。

米国のミャンマー政策の失敗はこれが初めてではない。現代アジアの歴史に詳しい人であれば、「ビルマ戦線」を戦ったフランク・メリル陸軍准将率いる米陸軍5307臨時混成部隊(通称、「メリルズ・マローダーズ」(”Merrill’s Marauders”)はよく知る名だろう。日本軍と戦うために寄せ集めの急ごしらえで1943年に編成された部隊はジャングルの中での長い行軍や武器も持たない戦闘で疲弊しながらも、ビルマ北部要衝ミッチーナを奪還した。だが、第一次大戦の経過を克明に描いた「八月の砲声」で米ピューリッツアー賞を受賞したバーバラ・タックマンはビルマ戦線を題材にした「失敗したアメリカの中国政策」(朝日新聞社)で米国が中国国民政府を支持し日本を倒しながら中国の共産化を許したと指摘している。いわく、「中国には、アメリカ的解決方法で解ける問題などひとつもないのである」。オバマ政権に限らず、達成した偉業はその時点から政権の関心が急速に遠ざかり、それを持続させ、関係を発展させるフォローアップ政策が手薄になる傾向にある。オバマ政権では、2010年末のチュニジアで起きた反体制運動「ジャスミン革命」に始まる「アラブの春」を支援しながら、民主化の定着に多くの資源を投入しなかったことで、中近東での民主化革命が尻すぼみになった経緯がある。民主化のゴールをどこに置くか。華々しいステージを終わった後からが本格的な民主化作業が始まる。その認識を誤ったのかもしれない。

急がれる中国関係の再定義

中国は一帯一路の投資で、ミャンマーのインド洋沿岸の町チャオピュー近郊で大規模な港湾開発を進めている。しかし、港湾運営権が中国企業へと渡ったスリランカのような「債務のワナ」に陥るケースを恐れたミャンマーが、当面の投資額を億ドルから5分の1の億ドルに圧縮した。中国が主導する事業の縮小計画はパキスタンなどでもみられる。モルジブは新政権が中国との事業見直しに動き、マレーシアでは中国が投資する鉄道計画の中止を決定した。

「だれもが気づき始めた中国の問題は一帯一路だ。これは単に経済の拡大にとどまらず、中国の地政学や軍事戦略と密接にかかわっている。厳密に言えば、戦略的な港湾を手に入れるため、スリランカやモルジブといった国々を債務のワナに陥れ、債務を返済する代わりにそうした港湾を中国にリースさせている。シャープパワーの問題だ」

NEDのガーシュマン代表は、先に紹介した下院外交委員会での証言でこう懸念を表明している。ミャンマーをはじめ中国との取引を縮小することは、中国の影響を受ける東南アジアや南アジアの諸国に警鐘を鳴らすきっかけとなる可能性もある。

本来なら、アジア諸国にその存在感を根付かせてきた米国こそが、こうした国々の利権を守る役割を担うべきだろう。トランプ政権が米中2国間の覇権争いに終始し、その影響を被る地域や国々への配慮を欠けば、むしろ孤立してしまうのは、米国の方だろう。米国が新たな対中政策を練る上げる必要性は待ったなしだ。

「ヘッジと関与」を基軸としてきた対中政策の変更は、米中関係を不安定化させ、「新冷戦」につながるというリスクもあるだろう。しかし、これまでの発展スタイルとは相いれない中国の現実を前提としない限り、米国は的外れな政策を続け、中国との関係を再定義できずに状況を悪化させるだけだ。

こうした現状を踏まえ、キャンベル氏はこう提言している。

「中国を変化させるアメリカの力をもっと謙虚に見据える必要がある。中国を孤立させ、弱体化させようと試みるべきではないし、よりよい方向へと変化させようとすべきでもない。これをアジア戦略の道標とすべきだ。むしろ、ワシントンはアメリカのパワーと行動、さらには同盟国とパートナーのパワーと行動に目を向けるべきだ」

キャンベル氏はトランプ氏が大統領選に勝利した後、国際情勢が不透明化することを予測したうえで「確実なのは、アメリカと日本の同盟関係はこれまでにないほど重要性を増す」と指摘した。日本、米国、中国の関係はこれまでになく複雑な様相を見せており、日米関係の利害調整もうまくいっていないのが現状だ。

米中関係の安定は、日本の国益にも直結する。海洋覇権を狙う中国には対峙し、保護主義を強める米国に対抗する必要がある。中国に対して敵対的な姿勢を際立たせるトランプ政権と、米国を相手に覇権の座を奪おうとする野心的な中国との間に割って入り、双方をどう説得するか。日本の役割もこれまでになく高まっている。

及川正也(おいかわ・まさや)

及川正也

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員