ミャンマー西部ラカイン州の少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の武装集団に対するミャンマー治安部隊の掃討作戦開始から1年が過ぎた8月27日、国連人権理事会が設置した国際調査団が、ミャンマー国軍のミンアウンフライン総司令官を含む軍幹部らに対して「虐殺」「人権犯罪」「戦争犯罪」の容疑で捜査と訴追を求める報告書を発表した。国際刑事裁判所(ICC)に問題を付託するよう要請している。これに対し、ミャンマー政府は同国当局が調査に同意しておらず、「ミャンマーには人権問題に関し責任ある枠組みが存在する」と主張して拒否した。

9月3日にはロヒンギャへの迫害問題を取材していたロイター通信のミャンマー人記者2人が国家機密法違反で禁固7年の判決を受け、国際社会は「民主主義を認めぬ判断だ」と反発している。

ロヒンギャ問題をめぐるミャンマーと国際社会の対立が先鋭化するにつれ、ノーベル平和賞受賞者でもあるアウンサンスーチー国家顧問兼外相への批判が高まっている。ミャンマー情勢が混迷する中、米国連邦議会でその存在を際立たせている上院議員がいる。
この30年近く、民主化指導者のスーチー氏を一貫して支援してきた与党・共和党の上院トップ、ミッチ・マコネル院内総務(76)だ。

孤高の擁護者マコネル院内総務

「議会での25%の軍人配分条項がある結果、アウンサンスーチー氏を本当のリーダーにする(憲法の)条項改正は不可能だ。つまり彼女は軍隊の行動を指揮する権限をなんら持っていない。ロヒンギャに対する残虐行為は紛れもない事実だが、問題は、彼女(の権限)では制御できない問題に対して彼女が責任を負うのかということだ。だから、私は彼女が何ら影響を行使できることのない問題で彼女を非難するような提案に加わるつもりはない」

調査団報告書発表の翌日の8月28日、議会内での記者会見で、マコネル氏は、スーチー氏の責任にも言及した報告書に関する記者の質問にこう答えている。報告書は、スーチー氏について、軍や治安部隊の作戦を強く批判せず、「誤ったストーリー」を広げ、ラカイン州での証拠隠滅を監督し、独立調査を妨害した、と指摘している。報告書は「大虐殺」(Genocide)の責任の一端は、スーチー氏にもあるという内容だ。

これに対し、マコネル氏の発言は明らかにスーチー氏を擁護している。マコネル氏が指摘した「25%の軍人配分条項」(Set|aside)とは、憲法436条でミャンマー連邦議会の4分の1を軍人の固定席にしていることを指す。憲法改正の決議には議会の4分の3以上の賛成を得る必要があり、スーチー氏を国家リーダーとするためにはミャンマー軍の賛同を得なければならない。だが、権限を譲渡したくない軍側は当然ながら、スーチー氏の権限を抑制するため条項改正を拒否している。であれば、責任を負うのは、あくまで軍や治安部隊であり、スーチー氏を責めるのは筋違いだ、というわけだ。

国連報告書発表翌日の8月28日の国連安全保障理事会で、ニッキー・ヘイリー米国連大使は米国務省が独自に行った現地調査の結果の一部を公表した。約1000人のロヒンギャを対象に実施した聞き取り調査で、2割の人が、100人以上が死傷する大規模掃討作戦を目撃したという。1人以上が殺害される現場を見た人は82%に上り、5割以上が性的暴力を現認したとされる。ヘイリー氏はこうした事態を「民族浄化」と指摘し、独自調査の結果が国連調査の結果と「符合する」との見解を明らかにした。

ただし、ロヒンギャに対する残虐行為を「大虐殺」とまでは明言していない。国務省は「特定の法的定義があり、簡単には判断できない」としている。国務省は、オバマ政権時代にミャンマーとの関係正常化にこぎつけ、スーチー氏の役割に多大な評価を与えている。「大虐殺」と認定すれば、ミャンマーへの国際的批判が一気に高まり、スーチー政権を窮地に追い込みかねないという判断もあるのだろう。そうした意味では、米政府も過度なスーチー氏批判をすることには、マコネル氏と同じ懸念を持ち合わせているといえるだろう。

議会の制裁要請を阻止

マコネル氏はロヒンギャへの掃討作戦が問題化した直後の昨年9月14日、上院本会議場での演説で「ラカイン州での暴力は停止すべきだが、スーチー氏を公然と批判するのは建設的ではない」と表明している。マコネル氏はスーチー氏と電話で話し、スーチー氏が暴力停止と人道支援の重要性を強調したと明かしたうえで、「憲法上、軍に対する権限が事実上なく、ロヒンギャ問題をコントロールしているのは軍だ。根拠のないスーチー氏への批判は彼女の軍に対する権能を誇張している」と、このときもスーチー氏を擁護している。

この直前には上院民主党ナンバー2のリチャード・ダービン院内幹事がスーチー氏に人道的悲劇の終結への「積極的な行動」を求める決議案を提出した。ダービン氏は昨年10月の上院本会議の演説で「ロヒンギャの人々の苦境についてスーチー氏がリーダーシップを発揮しないことに失望している」と批判している。この決議案には上院共和党重鎮のジョン・マケイン軍事委員長(当時。故人)や、ミャンマー問題ではマコネル氏と行動を共にしてきた民主党のベテラン、ダイアン・ファインスタイン上院議員ら超党派の有力メンバー5人が共同提案者に名前を連ねた。演説は、マコネル氏の危機感の表れだったのだろう。

マコネル氏は、上院トップの与党院内総務として法案や決議案を採決にかけるかどうかを最終的に決める権限を持つ。マケイン氏らが提案したミャンマー軍将官らへのターゲットサンクションや渡航制限を盛り込んだ法案が今年2月に上院外交委員会で可決され、同様の法案が5月に下院本会議を通過している。しかし、いずれもマコネル氏が上院本会議への上程を阻止している、と米紙ワシントン・ポストが報じている。

欧州連合(EU)やカナダは6月、7人のミャンマー軍将校に制裁を科したが、その時点では1人の将校を制裁対象としていただけの米国とは対照的だった。民主党のジェフ・マークリー上院議員は「(マコネル)上院院内総務が制裁を発動すべきかどうかについての議論を避けている」と米メディアに話している。苦境に陥っているスーチー氏にとって、マコネル氏は米国政界で数少ない擁護者の一人と映っているのだろう。

国務省と財務省は今年8月、ロヒンギャに対する「民族浄化」の疑いでミャンマー軍幹部3人と2部隊、国境警備隊長を新たに制裁対象としたが、こうした制裁策をマコネル氏は積極的に後押ししていない。そうした制裁を米国議会が求めることは、スーチー氏の政府を弱体化させるだけで、問題の本質的な解決にはつながらないという考えを持っている。「スーチー氏を支え続ける必要がある」とマコネル氏は繰り返し語っている。

クリントン氏とも党派超え連携

当選6回、議員歴33年目のマコネル氏は地元ケンタッキー州の地方判事出身。夫人はトランプ政権の運輸長官のイレーン・チャオ氏である。ワシントン政界の重鎮、マコネル氏がミャンマーに初めて関わったのは、1988年に社会主義政権が崩壊して国軍政権を掌握し、翌89年に軍政が民主化の旗手とされたスーチー氏を自宅軟禁したころからだ。90年代以降、対ミャンマー経済制裁の法律や決議を主導してきた。

2002年にスーチー氏はマコネル氏に謝意を示す手紙を届けた。11年にマコネル氏は初めてスーチー氏と電話で話した。オバマ政権はミャンマーとの関係改善に乗り出しており、マコネル氏は制裁強化を転換し、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)の対話路線に協力してきたという。

米国人のほとんどが知らないミャンマー(米政府は軍政が使う国名ではなく、従来からの英語名でビルマと呼ぶ)にマコネル氏が関心を寄せたのは、スーチー氏の存在が大きい。民主化運動を弾圧し、スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝した1990年の総選挙の結果を拒否した軍政だったが、欧米諸国による長期の経済制裁は国内経済の低迷と国際的な孤立を招き、中国や北朝鮮とのつながりを強化させていた。

マコネル氏は当初、対話路線に踏み出すオバマ政権に懐疑的だった、と当時国務長官だったクリントン氏が回顧録で明らかにしているが、制裁だけでは解決できずにいる現状もマコネル氏は認識していたようだ。マコネル氏の執務室にはスーチー氏からの手紙が額入りで壁に飾ってあるという。私が連邦議会を取材していたころ、記者会見で見るマコネル氏は強靭な政治家というより、老獪さを感じさせる雰囲気があった。人権がすべてに勝るムードがある米議会で、ミャンマーの政治機構や権力構図を踏まえて冷静な分析ができるのはマコネル氏を置いて他にいないだろう。

議会勲章後押ししたクローリー氏

スーチー氏は1991年にノーベル平和賞を受賞しているが、米連邦議会が歴史的出来事の功労者・団体に贈る最高の名誉勲章である「議会黄金勲章」(Congressional Gold Medal)を2008年に与えられている(実際に授与されたのは2012年の訪米時)。昨年までに約300人に贈られているが、このうち31は外国人への授与だ。「ビルマの平和、非暴力、人権、民主化への勇敢で揺るぎないコミットを認める」とスーチー氏を讃えている。

提案したのは民主党のジョセフ・クローリー下院議員(56)である。上下両院とも全会一致で採択され、当時のブッシュ大統領が署名して成立した。クローリー氏は、ホロコーストの生き残りで、ミャンマーを含む世界の人権擁護に熱心だったトム・ラントス元下院外交委員長(民主党、故人)に感化され、対ミャンマー制裁の提案に関わってきた。マコネル氏と同じくスーチー氏とは電話でやりとりできる関係だ。

クローリー氏が師事したラントス氏は人権においては同盟国の日本であっても容赦なかった。先の戦争でのA級戦犯がまつられる靖国神社に参拝した小泉純一郎首相に批判的だったことから、06年の小泉氏の訪米時に検討された議会演説に反対し、07年の下院でのいわゆる慰安婦謝罪決議の採択を支持した。徹底した人権意識を受け継ぐクローリー氏をクリントン氏は「昔ながらの真っ正直な人間」と評する。ニューヨーク州議員から1999年に下院議員に就任。現在は下院民主党議員総会長を務める有力者だ。昨年9月12日にはロヒンギャ問題で声明を出し、ミャンマーの治安部隊への訓練プログラム停止を求めた。ロヒンギャ問題で米議会が再びミャンマーに厳しい目を注ぐ契機となった。

ロイター記者有罪が新たな火種に

だが、米欧をはじめとする国際社会と、ミャンマーとの間には新たな火種が生じている。ロイター通信のミャンマー人記者2人がロヒンギャへの迫害問題取材をめぐって裁判所から禁固7年の実刑判決を受けたことだ。報道によれば、2人はラカイン州で昨年、ロヒンギャ10人が殺害された事件を取材していた。昨年12月に警察官からレストランに呼び出され、資料を受け取った後に別の警察官に逮捕され、国家機密法違反に問われた。逮捕にかかわった警察官が「警察が仕組んだわなだった」と証言したが、裁判では考慮されなかった。

米国のペンス副大統領が記者の取材活動は「投獄ではなく、称賛されるべきだ」などと擁護するなど、ミャンマー側が報道の自由を侵害しているといった批判が高まっている。

こうした国際世論に対し、スーチー氏は9月13日、ベトナム・ハノイで開催中の世界経済フォーラムの東南アジア諸国連合(ASEAN)会合で、「2人が記者だから投獄されているわけではない。国家機密法に違反したと裁判所が判断したからだ。判決は表現の自由とはまったく関係ない」と述べ、判決の妥当性を強調した。

擁護派窮地のおそれも

スーチー氏は「記者2人には判決を誤りだと指摘する権利はある」と、控訴も可能だという考えを示したが、判決内容について、記者の妻らは「同じ母親として残された子供の気持ちを考えてほしい」と訴えるなど、裁判は国内世論にも大きな波紋を広げている。スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)は報道の自由を掲げているが、国家機密法などでの記者の逮捕が続いている。報道機関との対立が激化すれば、とくに米国などでのミャンマー批判が高まり、マコネル氏らスーチー氏擁護派を窮地に追いやるおそれもある。

及川正也(おいかわ・まさや)

及川正也

1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員