ヤンゴンでジム開業を決意

私はミャンマーの最大都市ヤンゴンでフィットネス・ジムを経営している。ジムの名前は「Revolution GYM」。会員は約50人で、全員が地元のミャンマー人だ。

ジム内部
ヤンゴン市内で開業したRevolution GYM

ヤンゴンには、富裕層や外国人向けの大規模なジムが何カ所かある。プールやダンススタジオが併設され、日本のジムと変わらない充実ぶりだ。会費は日本円に換算すると月額1~2万円と高額。一方、お金持ちではない普通のミャンマー人向けのジムも少なくない。小さなマンションの一室にマシンと更衣室だけという、最低限の設備で営業している。会費は月額3000円程度が相場だ。

会費の相場を聞くと、ほとんどの日本人が同じ反応をする。

「ミャンマー人向けにしては、思ったより高いね」

ヤンゴンで暮らす〝普通のミャンマー人〟の収入が月2万円程度であることを考えれば、当然の反応だ。だがミャンマーには、趣味に出費を惜しまない文化がある。例えば、月収の2~3倍もするスマートフォンを購入したり、女性が美容院で5千円のパーマをかけたりする。

加えて、ミャンマー人は中年になると急に太る傾向がある。おそらく油の多い食事が原因だと思う。ダイエットへの需要もあるだろう。ヤンゴンで、貧弱な体を克服しようと筋トレに励んでいた私は、「ここでジムを開業しよう」と決心した。

視察と称して、まずヤンゴンのジムを手当たり次第に巡った。地元のジムは利用者のことを考えず、使い勝手の悪さが目立った。更衣室に荷物を掛けるフックがない。運動中に携帯電話を置いておく決まった場所がなく、てんでばらばらに置かれて運動のスペースを邪魔していた。決して大きな問題ではないが、そういった細かな点を地道に改善していけば、既存の他店との差別化ができる。

地元の不動産に依頼したジム用の物件探しは、契約直前で破談になったりと難航したが、ヤンゴン郊外の住宅街にあるマンションの一室を確保した。物件探しの苦労については、また後日紹介する。

「2000円のマシン」が一番人気

場所は決まった。さて、ジムにどんなマシンを導入するか。スペースと予算に限りがあるため、日本のジムのように、すべてのマシンを揃えることはできない。頭を悩ませたが、調べていると、現地で一番人気があるマシンが浮かび上がってきた。

腰ひねり回転台腰ひねり回転台=写真=である。ウエストを細くするため、台の上に乗って腰を左右にひねる家庭用のエクササイズ器具だ。地元のジムでは、ベンチプレスマシンなどの大層なマシンには目もくれず、会員たちは回転台に順番待ちの行列を作っている。大きな負荷がないため高い効果は望めないが、ヤンゴンの〝エクササイズ初心者〟たちは、楽なこの運動を好むのだろう。

価格は日本円でわずか2000円程度。この器具で客の満足を得られるなら、ビジネス的には成功だ。確かに客層の大半は初心者であり、高級なジムにある大袈裟なマシンを望んでいなかったのだ。

地元の会社に製作を発注

ビニーフィットネス外観ミャンマーにはジムで使うマシンの製作会社が1社だけある。Vinny Fitnessだ。社長のPaing Htoo Chitさんにアポを取って、ヤンゴン市内の工場=写真上=を訪問した。

 

ビニーフィットネス工場内写真を見ていただければわかるが、工場というよりゴミ屋敷だ。作業員はサンダル履きでゴーグルもしていない。環境対策や従業員の安全確保など、日本なら様々な面で認可されないような工場だ。マシンは図面もひかず目見当で製作している。

脚を鍛えるレッグプレスは、動かすたびにキイキイ音をたてる。クオリティー的には最悪だが、テストしてみると、トレーニングは十分可能であった。

アポの時間から1時間遅れて社長が現れた。鍛え上げられた肉体が入れ墨で埋め尽くされ、あまりの風貌に一瞬、たじろぐ。その貫禄ぶりに思わず、「お兄さん」と声をかけたが、実際には25歳で私よりも若い「弟くん」であった=写真下

ビニーフィットネス社長彼は両手で抱えきれないほどの噛みタバコを持参し、私にも分けてくれた。互いに、床に赤い唾を吐き散らしながらの商談だ。社長の歯には噛みタバコの赤黒い汚れがこびりつき、一見、だらしのない奴。だが、ビジネスに関しては鋭かった。

大学は出ておらず、機械や化学の知識はない。だが、コーティングの機械を導入して、見よう見まねでラバーコートの実験を行っていた。「まずは勉強してから」と考えるような頭でっかちな発想ではこうはいかない。

私たちが購入しようとしたマシンは、改良が重ねられ中国の大手メーカーの品質に近付いていた。値段は中国製を輸入した場合の6割ほど。すぐに購入契約を結んで代金の半額500万チャット(約40万円)を支払った。納期は2カ月後、ということになった。

待てど暮らせどやって来ない

2ヶ月後、いよいよ納品の約束の日を迎えた。しかし、待てど暮らせど来ない。電話で催促して、約束から1週間後、ようやく彼はやって来た。

だが、肝心のマシンを現場で組み立てようとすると、部品が足りず組み立てができない。彼は「また明日」といって帰って行った。もちろん翌日には来ない。4日後にようやく足りない部品を持ってやって来たが、現場でまた別の部品が不足していることに気が付く。足りない部品をノートに書いて一度に持ってくればいいのだが、やはりこういった管理は苦手のようだ。

何回も待ちぼうけを食らって電話で催促するうちに、電話での彼の声のトーンから、彼らがその日にやって来るか来ないかが、判断できるようになった。やって来ない日は、大抵「昼ご飯を食べたら、出るから」と言う。そんな日は、私は「お願い。来てよ! 仏様!」とは言うものの、もう半ばあきらめて、待つことをやめるようにした。ミャンマー人と付き合ったり、取り引きをしたりする際には、コツがいる。「しばらくしたら行く」は「今日は行かない」と理解しなければならないのだ。

彼との交渉では、相手が声を荒げてけんか腰の雰囲気になることもあった。だが、私は「自分には鍛えた筋肉があるから」と、一歩も引かずに対応した。もちろん互いに暴力沙汰になることはなかったが、何とかマシンの納品にまで漕ぎ着けたのは、私の鍛えた筋肉のおかげだったかもしれない、と妙な自信を付けた。

「筋肉」の想像以上の効力がわかり、私は俄然、ジムの経営にやる気が出てきた。(2018年10月記=続く)

 

いせ・あきとし

伊勢明敏顔P1988年生まれの30歳。北海道大学工学院修了後、㈱ニコンに入社し光技術の研究開発を行う。2015年に退職後、ミャンマーに移住し、ミャンマー語と仏教を勉強。貧弱な体がコンプレックスだったが、友人の勧めで筋トレを始めた。熱中のあまり、ついには現地でジムを開業することに。