北京・中関村に位置する北京大学から車で北西に約20キロ行くと、斬新なビルが目に入る。これが16年10月に設立され、18年10月に落成した「北京グラフェン研究院」だ。

5階建のビルは今日の北京では高いとは言えないが、まだ開発が進んでいない郊外ではかなり目立ち、外観から見ると、非常に貫禄のある研究所だ。

突然巻き起こったグラフェン・ブーム

技術に対する渇望が極めて強い中国で、時期が違えば街に違うスタイルのファッション、飲食の流行があるように、技術についても絶えず「流行」が発生し、変化している。

最新技術の話題を見ると2010年前後から、多くの中国企業が「グラフェン」に関心を持ち始めた。カーボンファイバーに続き、人々はその新技術がはらんでいる新しい可能性に関心を持ち始めた。

17年末までに、グラフェン関連業務を営業範囲に含むとして工商部門に登録した中国企業は4871社に達した。過去数年の間に、中国各地に設立されたグラフェン産業パーク、イノベーションセンター、研究所、産業連盟はすでに40社・団体を超えた。北京グラフェン研究院はそのうちの1社に過ぎない。

劉忠範氏は北京グラフェン研究院の院長であり、同時に北京大学ナノ科学・技術研究センターの主任(学部長)でもある。劉氏は1984年に横浜国立大学修士課程に進学し、その後、東京大学で研究を重ねた。日本での研究を経て93年に帰国し、北京大学教授の職を得て、新材料の研究に従事してきた。

陳言コラム(1)
劉忠範・北京グラフェン研究院院長

突発的なグラフェン・ブームについて、劉氏は「ある外国学術界の友人が以前、私に、ヨーロッパにはグラフェン企業が200社あまりあるが、彼らは応用という難題に直面している」と語った。これに比べれば、中国の5000社近いグラフェン関連企業という数は、中国におけるグラフェン・ブームの尋常ではない状況を物語っている。

論文数、特許出願数のデータからも、中国の熱気が明らかだ。2011年以降、中国が発表したグラフェンの論文は世界の首位を占め、現在までに、中国人学者が発表した論文の総数は米国の3倍、日本の10倍以上に達している。特許出願状況から見ると、17年現在で、世界の特許の54・14%が中国企業の掌中にあり、米国はわずか11・53%、日本は5にも達していない。

中国がグラフェンに関心を持ち始めて以後、企業、論文、特許の数で、中国は絶対多数を占めた。

グラフェンの下着、マスク、塗料、LED電球、エアークリーナーなど、日常生活関連製品が次々に出現し、産業分野での応用は枚挙にいとまがない。中国企業は「グラフェン応用問題」を解決したかのようだ。

現行のグラフェン技術力では一つの産業を支えられない

中国で本当に材料の基礎研究をしている人は決して多くはなく、材料研究関連の基礎技術を持っている企業も非常に限られている。しかし、劉氏は日本から帰国後、研究開発を続け、大量の技術を蓄えた。

彼は次のように語った。「1993年から98年の私の学術研究には、日本留学時期の影が色濃く残っていました。98年、材料業界でカーボンナノチューブが現在のグラフェンと同じくらい流行しました。実験中に、私は巨大なカーボンナノチューブ分子を一つ一つの列にしました。全世界で私が初めて作ったのです。最初から、私は他の人にカーボンナノチューブを作ってもらおうとしましたが、後に供給できなくなり、私たちは反応炉を買って自分で作ることにしました。これらの炉はグラフェンも作ることができます。2008年、私は半年かけて、全世界で実地調査を行い、最終的にグラフェンを作る決心を固めました。カーボンナノチューブはチームの他のメ ンバーに委ねました」

カ ーボンナノチューブは1991年から世界で大流行した。しかし、その構造が複雑で、調整難度が高いことから、大規模に応用する方法がなかった。多くの人はグラフェンも、もう一つのカーボンナノチューブではないか、と懐疑的だった。劉氏は逆に次のように考えた。グラフェンの構造は比較的シンプルで、現在、大規模化できる。品質はまだ向上させなければならないが、グラフェンはカーボンナノチューブに比べて見通しは明るい。

一方、グラフェンの見通しについて、劉氏は非常に楽観的だというわけではない。彼は次のように語っている。「現在、グラフェンは人々の期待のピークにありますが、現実的には性能はまだ不十分。原材料の品質はまだグラフェン産業を発展させるには力不足で、エース級の応用はまだ見つかっていません」

中国では資金、研究開発がグラフェンに殺到している。しかし、これほど多数の企業が競争の中で生き抜いて行けるか、知る由もない。

研究開発OEMの理念

陳言コラム(2)
研究所を訪れた中国政府要人に研究の進展状況を説明する劉所長

鴻海(ホンハイ)精密工業モデルが劉氏の目を輝かせ、長年の考慮とブラッシュアップを経て、彼は2018年に「研究開発OEM」(相手先ブランド名製造)の概念を打ち出した。

鴻海はシャープを買収・合併(M&A)する前はOEM企業であり、しかもOEMをとことんやり遂げた企業だった。OEMを通じて、最先端技術と設備を使うことができ、自分の欲しい製品を完成した。鴻海はOEMで発展し、相当の技術と資本を備えた企業に成長した。

劉氏が描いている研究開発OEMは、産学研提携の新しい道だ。彼は次のように語った。「大学や研究所の研究者はたこつぼに入って研究をし、自己満足して、科学研究の成果は地に着いたものとならない。大半は束ねて高い棚に上げられ、論文を発表したらそれで終わりです。『研究開発OEM』はそれを逆転させて、直接、企業から技術需要を探し出し、企業の研究開発を支援し、真に企業のために不安、困難を取り除きます。このようにして得られた成果は自然に着地し、市場全体が企業に明け渡され、それぞれの役割を果たし、互いのメリットを活かして補い合います。研究者に一定の市場シェアを与えて、科学者と企業家を同じ船に乗せます。そのようにすれば、真に利益をシェアすることができ、全過程の利益をまとめて調整すれば、双方の積極性を引き出すことができます」

現在、北京グラフェン研究院は多くの企業と研究開発OEMパートナーシップを構築し、アルゲンアルミ集流体、アルゲンカーボン充電銃、グラフェンスマートウインドー、グラフェン量子ドット材料、グラフェン塗料、グラフェン電暖画、グラフェン膜状ヒートシンク、グラファイト鉱の高度加工など技術的に困難な作業に全力を挙げている。

企業は研究開発のコンテンツを最も専門とする研究院に渡し、関連研究に従事することができ、その研究開発メンバーは直接、関連プロジェクトのチームに入り、その研究開発の成果は企業に帰属する。そうすることによって、研究開発の関連設備投資を節約でき、ハイエンドの研究開発チームを使用できる。劉氏は「研究開発OEMは科学者たちにもっと達成感と獲得感を与え、中国の企業にさらにイノベーション能力と競争力を持たせることができます」と語る。

中国のイノベーションの大きな特徴はオープン・イノベーションだ。研究開発OEMはその具体的表現方式で、企業の研究開発推進と、産学研提携の上で大きな力を発揮するだろう。

ことば「グラフェン」

炭素(カーボン)原子が網目のように六角形に結びついてシート状になったもの。厚さは1ナノ(ナノは10億分の1)メートル程度と極めて薄く、ダイヤモンド並みの強度を持ちながら柔軟に折り曲げることができる。電気の伝導率は銀より高く、熱の伝導率は銅の10倍。2004年に黒鉛のかたまりから単層のグラフェンシートを初めて分離した英国・マンチェスター大学の研究者アンドレ・ガイム氏とコンスタンチン・ノボセロフ氏に10年、ノーベル物理学賞が贈られた。

◎陳言氏

images[10]ジャーナリスト、日本企業(中国)研究院執行院長

1960年、北京生まれ。1982年、南京大学卒。82-89年『経済日報』に勤務。89-99年、東京大学(ジャーナリズム)、慶応大学(経済学)に留学。99-2003年萩国際大学教授。03-10年経済日報月刊『経済』主筆。10年から日本企業(中国)研究院執行院長。