CIMG3066 大武健一郎(元国税庁長官)

 

ベトナムで日本語による複式簿記普及のボランティア活動を始めて13 年、NPO法人を作って10 年になった。自分の活動は気の毒な方を助けることではなく、将来ベトナムの指導者になる方に、日本のファンになってもらうためである。

まず、日本人の知恵や考え方をベトナムに根付かせる。そして、日本人がベトナムで活動する際や、ベトナム人が日本へ来るときの手助けになれば、という発想だ。

いまの日本人は、ご先祖様たちの「知恵」を忘れてしまっている。その一例が「賄賂」だ。ベトナムやアジア、南米、アフリカにも広がっている「賄賂」も実は、日本でもかつて、一般的な慣習だった。「忠臣蔵」の浅野内匠頭も、吉良上野介への「賄賂」が少なかったことから、刃傷ざたを起こしたとされている。日本の場合、明治以来の近代化の中で「修正」してきたのである。

ベトナムは過去千年にわたり中国に攻略されてきたこともあり、ただで何かしてもらうことに強い警戒心を持っている。

こんな昔話がある。

中国の支配下にあったころ、かいらい政府が猫を高額で買い取ってくれることになった。国民は喜んで猫を売ったが、ねずみが大繁殖してコメが食い荒らされた。ついには米不足に陥り、中国から高いコメを買わされるはめになった――。

だから、十分な対価を払わずに何かしてもらうことには気を付けないといけない。何かしてもらったらカネを払い、何かしてあげたらカネをもらうことで貸し借りを清算する。これがベトナム人の「賄賂」の原点だ。

お役人や権力者に対してだけではなく、民間人同士でも「賄賂」は当たり前に行われている。いわば、一種の手数料みたいなものだ。日本でも、お中元やお歳暮など、世話になっている方への「付け届け」は「賄賂」の名残のように思う。

結婚祝いや香典は、日本でも通常、非課税扱いとされているが、ベトナムの「賄賂」も課税されない収入となっている。従って、ベトナムの国民所得は統計上過小に計上されていて、「賄賂」を収入に入れると総所得は倍以上になると言われている。

もっとも、「賄賂」をもらう人だって別の人に払っているのだが、権力者はもらう方が多く、支払う方が少ない。「それが格差の源だ」とベトナムでは冗談半分に言われている。

こうした生活習慣上の「賄賂」は「良い賄賂」と呼ばれ、ベトナム人同士で普通にもらったり、あげたりしている。例えば、交通違反の時の「賄賂」は警官個人の収入になるのではなく、警察全体でプールして福利厚生に使っているようだ。こうした「良い賄賂」は個人ではなく、組織全体のために使われることが多いという。

ちなみに、大家族の一員となると、もはや「賄賂」は不要となる。私もベトナムの元国税庁長官と義兄弟の契りを結んだため、その一族の方々への「賄賂」は必要なくなった。

これに対し、「悪い賄賂」と呼ばれるものがある。権力を笠に着た人が法外な額を要求する場合で、いまもベトナムの税関で横行しているそうだ。「悪い賄賂」はベトナムでも犯罪とみなされ、見つかると厳罰だ。

以前、自分の知人がベトナムの税務署から調査を受け、法外な「賄賂」を要求された。話を聞いて国家税務総局の幹部に確認したら、「外国企業に対する税務調査はすべて自分の所に報告が来るが、その話は知らない。税務署が勝手にやっているのではないか。調べてみる」との答えが返ってきた。その後、税務調査は担当官が「悪い賄賂」ほしさにやったことが判明し、調査自体が中止になった。

ベトナムでビジネスをするためには、「良い賄賂」と「悪い賄賂」を見極めなければならない。「良い賄賂」であっても、対価が妥当な額かどうか、確認する必要があるだろう。賄賂などベトナムの事情に精通し、日本語に堪能なベトナム人をそばに置くことをお勧めしたい。

(次号ではベトナムで賄賂を使わずに、使っただけの効果が得られる「極意」に触れる)