一橋大訪中団今年9月7日、一橋大の学生訪中団=写真=が北京・中関村のガレージカフェを訪問した。このカフェを訪れるよう強く勧めていた筆者も、同大1年生といっしょにカフェに入り、2階ロビーを見学し、共同経営者の呉建波氏(45)と懇談した。

日本が過去数十年、「筑波方式」の科学技術研究を試行してきたというならば、中関村は「シリコンバレー方式」だというべきだろう。もともと政府主導で国が主な資金を投入している「筑波方式」は、社会主義市場経済体制の中国に適合すると思われがちだが、「筑波方式」は情報技術(IT)の開発と運用の面で、ここ数年は財政困難に陥っている。一方、中関村は完全自由市場主導、民間資金投入による「シリコンバレー方式」がしっかり根を下ろし、発展速度は極めて速い。日本の大学生が中国を訪問して、中国を理解しようと思うならば、筆者が真っ先に勧めるのは中関村のイノベーション、とりわけガレージカフェが果たしている役割を知ることだ。

イノベーション不足は人材発掘で打開

呉建波氏 呉建波氏=写真=は以前、投資銀行で働いていたが、2011年に独立した後、思い立ったのもやはり投資関連だった。

投資関連の事務所は豪奢なオフィス街にあり、3カ月に何件かのプロジェクトに関する商談が行われるが、ほとんどの時間がプロジェクト待ちに費やされる。オフィスの窓から見下ろすと、大通りは車の洪水で、人の往来も激しいが、投資のために事務所の門をたたく人はほんのわずか。呉氏を含むガレージカフェの仲間は投資先のプロジェクトはどこにあるのだろうと考え始めた。投資家と投資先が自然にドッキングできる交流プラットフォームをどこにつくるべきかの検討を重ねた。

冬のガレージカフェ内部こうして生まれたのが世界で初めて投資とインキュベーターを兼ねたガレージカフェ=写真、冬の内部=だった。

「1939年、米国の2人の青年、ウィリアム•ヒューレットとデビッド•パッカードは狭いガレージに、ヒューレット・パッカード社(HP)を創設した。このガレージは現在、米国政府によって、シリコンバレー誕生の地と命名されている。グーグル、マイクロソフト、デルおよびアマゾンなど無数の世界的な知名度を誇るスタートアップ、イノベーション型企業は全て、ガレージから生まれています」と呉氏。ガレージとは自由自在で、じゃまもハードルもない、スタートアップに最適の環境を意味している。

ガレージカフェ外形北京では若い人はコーヒーを飲み、年齢が比較的上の人は主にお茶を飲む。コーヒーショップは若者にとって、ファッションであり、集まる場所であり、奇想天外なことを思いつく場所でもある。ガレージカフェ=写真、外形=では当然、コーヒーを飲むことができるが、さらに若者がスタートアップ、イノベーションを語る場所でもある。

なぜ、中関村を選んだのか?ここから北に2㌔前後のところに北京大学、北東に3、4㌔には清華大学がある。さらに、中国で最も権威のある研究機関―中国科学院の数十を数える研究所がカフェから5㌔以内にある。また、この周辺には北京理工大学、北京航空航天大学、中国人民大学など数十の高等教育機関が集中している。

中関村は中国の科学技術、研究開発の中心だが、あくまでも純科学技術研究の中心であり、ビジネスとの関係は緊密とは言えなかった。科学研究とビジネスとの連携は、中国のスタートアップ、イノベーションにとって極めて重要だ。中国ではかつて、この方面の条件に欠けていたが、カフェの出現によって研究開発とスタートアップが結びついた。もともと中関村には人材が豊富だったが、カフェを通じて、特にビジネスにふさわしい人材が集まってきたのだ。

 企業家精神を育成する揺りかごが足りない

 「みなさんは中関村でスタートアップしたいと思いますか」と、呉氏が一橋大の学生に尋ねた。筆者も今年4月に入学したばかりの彼らの反応に注目したが、ほとんどがうつむき、呉氏の視線を避けているように見えた。

「ガレージカフェは完全に公共施設で、ここでお金を使わなくても、WiFiは無料で使えます。また、基礎的なスタートアップサービスを提供し、夢を持っている全ての人に議論のチャンスを与えます」と、呉氏は話を続けた。

中関村の創業者写真ガレージカフェ=写真、創業者の顔写真=は必ずしも、技術、資本を持っている人とか、独自の発明をした人たちが来ることを求めていない。呉氏の見方によると、中国は市場に不足はなく、所有権や知的財産権の保護制度も基本的に整備されているが、中国で最も欠けているのは企業家精神だ。スタートアップを考える人は、発明家である必要はなく、思想家、科学者でなくても良い。例えば、来年、アリババ(阿里巴巴)を引退する馬雲(ジャック・マー)氏は、大学で英語を専攻し、ITに通暁していたわけではない。彼の最大のメリットは、中国で最もイノベーション能力をもったエンジニアとスタート直後の中国最善の電子商取引(EC)とを結びつけ、ビジネスパターンのイノベーションを達成したことだ。さらに、米国のスティーブ・ジョブズは、最新の発明、最も完璧、簡潔なデザインなどをiPhoneやタブレットPC内に取り込み、パソコン、携帯電話をECのプラットフォームに変え、このプラットフォームはハンディーなカメラ、電話、ゲーム機、ウォークマン、調べ物をするための百科全書、観光、外出時のカーナビになった。アリババ、iPhoneパターンの出現は、全く新しい産業を創造した。

中国には、馬、ジョブズ両氏のような企業家が必要だ。この種の企業家は必ずしも理工系とは限らず、金融、企業マネジメントの専門家とも限らず、彼らはある種の「共通の精神」ーある領域で技術、商品、サービスをイノベーションして次の段階を推進しようという精神ーを備えている。この方面の潜在力を最も持っているのは若者だ。ガレージカフェが彼らに提供しているのはまさにこの種の潜在能力を発揮できる場だ。

「スタートアップ、イノベーションの意欲があれば、誰でもカフェに来て、エンジニアを探し、投資家を探し、パートナーを探すことができ、スタートアップの夢を実現できます」と呉氏は話す。

 毎日30分のフォーラムがきっかけに

 一橋大生たちが見たガレージカフェは実際上、専門的なインキュベーター(孵卵器)企業だった。

毎日、昼ごろには約30分のカフェフォーラムが開かれ、スタートアップを考えている人、エンジニアを探している人、投資を手に入れたい人、スタートアップのパートナーと交流したい人であれば、誰でもこの時間を利用して、登壇して話ができ、大勢の聴衆は直ちにさまざまな要請に反応できる。

創業情報の広告その他の時間は、スタートアップ・ボード=写真は創業広告=を見ることができ、そこには、多くの情報が書かれ、連絡用の電話番号が書かれ、ここでその広告を書いた本人を探し出すこともでき、彼と商談を始めることもできる。

呉氏は「北京のガレージカフェは比較的早く作ったので、規模は小さめです。私たちは重慶、承徳、廈門(アモイ)、福州、海口、東莞などに14軒のカフェをオープンし、昨年1年だけでインキュベーター入りしたのは1000チームを上回ります」と説明する。

ユニコーンプロジェクト

 市場化の見込みのあるプロジェクトに対して、ガレージカフェが先行投資することもある。多くのユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業)プロジェクトがここから生まれたが、ガレージカフェ自体が各種のプロジェクトに投資し、企業が次の投資導入段階に達した時、あるいは上場した時に、カフェはこのプロジェクトのバトンを渡し、見返りを得る。

呉氏は「あるプロジェクトに私たちは17万元(約290万円)の初期投資をして、後に6億元(約100億円)の見返りがありました」と言った。ガレージカフェ自体がインキュベーター企業であり、同時に、投資企業として高収益を上げている。

中関村の創業通り中国でここ数年、イノベーション経済の成長が比較的順調なのは、ガレージカフェなどの一連のインキュベーターの存在と密接不可分の関係にある。中関村=写真は創業大通り=はスタートアップの街であり、そこにはスタートアップの発想と資本をドッキングさせる大量のガレージカフェのような場所があり、事業を強大化するインキュベーターになっている。

中関村を見学した一橋大生らに深い印象を残したのは間違いないだろう。

 

◎陳言氏

images[10]ジャーナリスト、日本企業(中国)研究院執行院長

1960年、北京生まれ。1982年、南京大学卒。82-89年『経済日報』に勤務。89-99年、東京大学(ジャーナリズム)、慶応大学(経済学)に留学。99-2003年萩国際大学教授。03-10年経済日報月刊『経済』主筆。10年から日本企業(中国)研究院執行院長。