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小川 忠

跡見学園女子大学教授

国際交流基金ジャカルタ日本文化センター元所長

政治による宗教利用

2019年の大統領選挙に向けて、インドネシアは政治の季節を迎えている。大統領選で現職ジョコ・ウィドド大統領の対抗馬と目されるのが、野党グリンドラ党プラボウォ・スビヤント党首だ。同党は、さる6月の統一地方首長選挙において劣勢と見られていた西ジャワや中部ジャワ等の重要州で予想以上に善戦した。政治の風向きを慎重に読んでいた大統領は8月9日、「イスラム学者会議」マアルフ・アミン議長を副大統領候補にすると発表した。

この副大統領候補選びの背景にあるのが、政治の宗教利用である。記憶に新しいのは、17年のジャカルタ特別州バスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)知事の失脚だ。大統領に近く、クリーンな改革派として人気があった華人系クリスチャンのアホック知事が、選挙運動中にイスラム教を冒涜する発言をしたとして、「イスラム防衛戦線」(FPI)等強硬派による抗議運動が16年9月に始まった。彼らは11月ジャカルタ中心部で数万人が集まる抗議集会を決行し、参加者の一部が暴徒化し都市機能をマヒさせた。「アホックはイスラムの敵」「ジャカルタ知事はイスラム教徒であるべき」といったネガティブ・キャンペーンの結果、一時は安泰とみられたアホックは17年4月の知事選決戦投票で敗れ、さらにその直後5月の裁判で宗教冒涜罪の有罪判決を受けて失職し、収監されるに至ったのである。

アホック失脚はジョコ大統領にとっては痛手であり、プラボウォにとっては影響力拡大へとつながる展開となった。ちなみにプラボウォはスハルト政権末期、陸軍戦略予備軍司令官として諜報活動に手を染め、一部イスラム勢力を排外主義的に利用しようとした前歴がある。

国民の9割がイスラム教徒であり、かつ都市部中間層において宗教意識の高まる現象が進行する中で、「反イスラム」というレッテルを貼る戦術は、政治的に大きなインパクトを持ちうることを示した一件であった。

今年4月にもスカルノ初代大統領の三女スクマワティがインドネシア・ファッション・ウィークで読み上げた詩のなかに、「インドネシアの歌はイスラム礼拝の呼びかけよりも美しい」等イスラムを侮辱する表現があるとして、前述のFPIが数千人規模の抗議運動を行って、スクマワティは謝罪に追いこまれた。この騒動からも、統一地方首長選挙を目前にして、「イスラムをないがしろにする世俗主義者」というレッテルをスカルノ・ファミリーに貼り、スカルノの娘メガワティを党首とする与党闘争民主党に一撃を加えようという政治的思惑が透けてみえる。

今回の副大統領候補選びで、ジョコ陣営が選択したのは、保守的な宗教見解を連発してきたイスラム学者会議の長老である。これには、「ジョコ大統領は反イスラム的」というプラボウォ陣営からのネガティブ・キャンペーンを防ぐ弱点補強という側面があると考えられる。その一方で「これもまた政治による宗教利用ではないか」というモヤモヤした感情が、政教分離・世俗ナショナリズム志向の強いジョコ大統領支持層一部に渦巻いている。

インドネシアは、民主化の退行現象が見られる近年の東南アジアのなかで、曲がりなりにも選挙民の投票により自分たちの代表を選ぶという民主主義制度が維持されている。しかし選挙によって、ライバルよりも多くの票を得た者が大統領、知事、議員に選出され、権力を握るという制度において、多数派糾合の手段として宗教票、すなわちイスラム票の獲得に注目が集まるようになった。

インドネシアの政党の中には、福祉正義党(PKS)等イスラム組織を母体とするイスラム政党が存在する。イスラムを統制管理しようとしたスハルト強権体制崩壊後の民主化当初においてイスラム政党は躍進したが、今は頭打ち状態にある。ところが闘争民主党やゴルカルといった本来イスラム色の薄い世俗政党の側が、選挙においてイスラム意識の高い市民にアピールすることに腐心しており、つまるところインドネシア政治全体がイスラム化の方向に向かっているという見方もある。こうした状況にあって、激戦区の立候補者には、「対立候補は反イスラム的だ」と指弾する攻撃的な選挙キャンペーンが手っ取り早く多数票を獲得する手段と映る。

つまり直接選挙という民主主義制度が、政治による宗教利用を促している側面があるのだ。

 

次世代リーダー:アリサとイェニーのワヒド姉妹

政治に宗教が悪用される昨今の風潮にあって、異なる宗教・価値観と共生してきた「寛容なインドネシア・イスラム」の美風が損なわれつつあるのではないか、という自戒の言葉がイスラム指導者の口から出てくるようになっている。キリスト教徒、仏教徒、華人、LGBT、イスラム内部の少数派(シーア派、アフマディヤ派)へのハラスメントが横行する事態を憂慮し、もう一度インドネシアの歴史、文化のなかで実践されてきたイスラムの伝統を見直し、「インドネシア的イスラムとは何か」を突きつめよう、という模索が、若手イスラム知識人のなかから生まれている。

この取り組みの中心にいるのが、第4代大統領アブドゥルラフマン・ワヒド大統領、愛称グス・ドゥルの長女アリサと次女イェニーの姉妹である。アリサは心理学を専攻し、グス・ドゥルの個人秘書として宗教指導者かつ政治家としての父の活動を身近なところで支えてきた。多民族国家インドネシアが掲げる「多様性の中の統一」の理想を追求してきた父の志を引継ぎ、この国の多文化主義を発展させていこうとする活動家たちの集まり、「グスドゥリアン・ネットワーク」ナショナル・ディレクターとして市民社会、民主主義の担い手育成に力を入れている。

次女イェニーはグス・ドゥルの政治家としてのDNAを最も濃く受け継いだ娘と言われ、将来のインドネシア指導者としてイスラム社会から期待されている。さる6月の統一首長選挙においても東ジャワ州知事候補として彼女を擁立しようという動きがプラボウォ陣営にあった。

彼女は、民間シンクタンク「ワヒド・インスティテュート」所長としてインドネシアの寛容性護持を訴え、イスラム女性の地位向上のための言論活動で内外を飛び回っている。ワヒド・インスティテュートは、インドネシアの「宗教の自由を侵害する事件」の発生について毎年統計調査を行っており、多数派イスラム教徒による少数派の人権侵害や過激思想の蔓延に警鐘を鳴らすインドネシア・イスラムの良心を象徴する組織として知られる。何度も来日し、日本に友人も多い知日派オピニオン・リーダーでもある。

 

 

グス・ドゥルの志を継ぐ女性たち

大統領グス・ドゥルは、スハルト強権体制から民主化への過渡期に混乱する政局のなかで苦労し、その政権は短命に終わったが、スハルト時代に抑圧されていた華人文化を、多民族国家インドネシアの文化の一つと認め、これを解禁した。大統領退任後の晩年は、国内で頻発する「民族紛争」「宗教紛争」に際し、多数派イスラムの同胞たちに他文化・他宗教への寛容の心を説いた。

グス・ドゥルの遺志を引き継ぐ実の娘アリサとイェニーの元では、高い社会貢献意識を持ったイスラム市民、特に若いムスリマ(イスラム女性)たちが活躍している。そんな彼女らを「グス・ドゥルの娘たち」と呼ぶならば、インドネシア大学ワヒドセンター職員サラ・モニカやグスドリアン・ネットワーク広報担当のカリス・マルディ・アシィは、まぎれもない「グス・ドゥルの娘」だ。

国際交流基金アジアセンター(東京)が取り組んでいる新事業「ダイバーシティをはぐくむEYESプロジェクト」は、アジア域内で多様性を尊重し、より包摂的な社会を形成するために、アジアの若者の結びつきを強化しようという意欲的なプロジェクトである。これに参加するために来日したサラとカリスに、インドネシアにおける宗教と社会の関わりの現状について聞く機会があった。大学キャンパスで、ソーシャル・メディアを通じてISのプロパガンダが流され、少なからぬ学生がイスラム過激思想の影響を受けているという衝撃的な報道があった直後のことだ。サラとカリスは言う。

「インドネシアの教育システムにおいて学問の細分化が進むなかで、複雑な世界を複雑な ものとして受けとめる人文学知に疎い理系学生は、二進法的に白黒はっきりさせたがる思考様式に傾く傾向があり、「イスラムの敵」/「味方」の峻別を迫る過激主義に染まるリスクが高い。「インドネシア的イスラム」とは、多様な世界を多様なるがまま受容し、バランスをとりながら共生させていく信仰の力だ。もっと奥行きのあるイスラム理解を広める必要がある。さらに、イスラムの教えを現代インドネシア社会に活かしていくためにはイジュティハード(イスラム法解釈)、それも創造的なイジュティハードが必要」

政治が宗教を利用する状況が強まる中で、「グス・ドゥルの娘たち」のように、宗教の側から政治を乗り越えていこうとする模索が進行していることにも目を向けておきたい。